匂いと味の経験に上書きされていく「おいしい」記憶

考究:食と身体(3)美と愛の神ヴィーナス篇

2018.06.29(Fri) 大平 万里
筆者プロフィール&コラム概要

避けるべき「酸味」「苦味」を中心に発達した味覚

 一方、味覚器が認知できる物質の種類は嗅覚器に比べてはるかに少なく、感度も低い。舌にある「味蕾」(みらい)と呼ばれる感覚器には大きく分けて「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」を感知する5種類の受容体がある。これら5つの味覚の他に、脂肪やコクを感じる補助的な感覚の存在も示唆されており、それらを統合させて口に入った食べ物の味の感覚を作り出すと考えられている。ただし、それなりの濃度(1mg/L~1000mg/L程度)がないと味覚受容体は反応できない。

舌と味蕾の関係。味蕾にある味覚受容体の細胞は、個々に甘味、塩味、酸味、苦味、うま味に対応している。

 5つの味覚のうち、体の維持に重要なのが「甘味」「うま味」「塩味」である。
「甘味」というと、砂糖などが思い浮かぶかもしれないが、それだけでなく、グリシンやアラニンなどの一部のアミノ酸も甘味の受容体と親和性がある。

 うま味は、いわゆる出汁の味のことで、グルタミン酸を認識する受容体によって構成される。どちらも、「おいしさ」を決める極めて重要な要素であり、つまりはアミノ酸で構成されるタンパク質が体にとって摂取優先度の高い化合物だといえる。そして、「甘味」「うま味」どちらも「T1R」と呼ばれるタイプの受容体で感知している。

 塩味は「ENaC」と呼ばれる受容体などによって、摂取必要量の多いミネラル、ナトリウムを認識している。ナトリウムさえあれば食塩(塩化ナトリウム)でなくても応答するので、重曹(炭酸水素ナトリウム)やクエン酸ナトリウムをなめても塩辛く感じる。

 対して「酸味」「苦味」は、ヒトの体にとって避けるべき物質を認識するために発達したと考えられている。

「酸味」の受容体は水素イオンの濃度を感知して、酸性の物質を認識すると考えられている。これは、腐敗が進んだ食物は酸性になることが多いため、「酸味」の味覚によって体へ警告を発するのである。しかし、どんな受容体が酸を認識しているかは候補があるものの、まだはっきりしていない。

「苦味」は「T2R」と呼ばれるタイプの受容体で感知している。T2Rは25種類以上もあることが明らかになっており、それぞれに苦味物質への親和性のバリエーションも存在する。これは、多種多様な植物由来の苦味物質(多くは有毒)に対応するために発達したのであろう。

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1964年東京生まれ。生物・化学系ライター。熊本大学理学部生物学科卒業。北海道大学理学研究科博士課程修了。博士(理学)。旧工業技術院(現・産総研)、秋田県立農業短大附属属研究所などの流動研究員、高校教諭等を経て現在に至る。最近はその辺に転がる岩石の来歴が気になってしょうがない。


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