「机上の空論」とならないために必要なことは?

「机上の空論」という言葉がある。現場のことを知りもしないで理屈だけで理論を構築することを指す。「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」との名言にもあるように、現場を知ることが机上の空論に陥らない重要な手段であるのは間違いない。

 しかし、イチローなど名選手のバットを作ってきた名人は、野球の経験が皆無だったという。「経験がない者が偉そうに言うな!」という言葉は説得力があるのだが、もう少しきちんと考えた方がよさそうだ。

 もちろんバット作りの名人は、バットを作る経験は豊富にあるだろう。だからやっぱり経験が大事なのは確かなのだが、ただバットを作るだけの経験を積んでも、名人と呼ばれる域に達するわけではない。

 それはおそらく、どの職業にもいえることだろう。ただ漫然と経験を積むだけでは、何かが足りない。

 また、自分自身は名人になれても、弟子を名人に育てられない人も多い。「名選手、必ずしも名監督ならず」という言葉もあるように、選手としての経験値を積み上げ、自らの技術を素晴らしく磨き上げたとしても、指導者として優れるとは限らない。また、皆さんも、いくら教師歴が長くても、よい先生とは言いがたい人がいることを、よくご存じだろう。

 現場での経験値は、空理空論を信じ込む危険を回避するのに有効だが、経験値がなくても卓抜した指導力を発揮する人がいる。たとえば孫子は、個人で戦争を研究してはいたが、実戦を積んでいなかった。なのに世界史に残る兵法を打ち立て、実際に国を強くした。曹劌(そうかい)もまた、戦争に関して何の経験値もないのに魯の戦い方に進言し、見事、強国の斉に対して勝利を収めた。こうした歴史的事実はあまたある。