教訓:歴史の評価は、サミット翌日の評価とは大きく異なることがある。

 ドナルド・トランプ米大統領が米朝首脳会談から出てきて、朝鮮半島で平和が始まると宣言するようなことがあれば、この点を思い出すといい。

1945年のヤルタ会談

 ソビエト連邦のヨシフ・スターリン、米国大統領のフランクリン・ルーズベルト、英国首相のウィンストン・チャーチルがクリミアで開いたヤルタ会談は、戦後秩序の形成において決定的に重要な瞬間となった。

 年老いたルーズベルトは対ナチ連合の結束を保ち、日本との戦争に参戦するようソ連を説得することを目指し、ソ連が1939年に併合したポーランド領を保持したいというソ連側の要求をのんだ。

 一部の歴史家は、あの段階では、ルーズベルトには選択肢がほとんどなかったと主張している。

 チャーチルはミュンヘン会談と比較してヤルタ会談を好意的に評価し、「哀れなネヴィル・チェンバレンはヒトラーのことを信用できると考えた・・・だが、私はスターリンについて自分が間違っているとは思わない」と言ってみせた。

 今日に至るまで、ポーランド国内外の多くの人は、ヤルタという言葉を裏切りの同義語と見なしている。