フライパンの端と中央では火力が違うため、火の通りが均一になるよう場所を動かすことを「私」が説明すると、「なるほど。一番いい場所を独り占めしないよう、皆で譲り合う訳か」と感心したようにうなずく。サラダのドレッシングで、酢に少しずつ油が注がれ乳白色に変化する様子に身を乗り出し、レモンの飾り切りに息をのむ。

 数学者である博士は、そんな小さな科学の種を毎回のように見つける。彼にとっては80分ごとに“新しい発見”があるのだ。その好奇心は止むことがない。

 そして何十回目のリセットの末、博士はついに「君が料理を作っている姿が好きなんだ」という心境に到達する。プロの家政婦の「私」は、おそらくは幾度もの失敗や経験を経て、料理の腕を磨いてきたはずだ。経験を積むことができない博士でもそれを“発見”できた、というところで、読み手は大きく心を動かされるだろう。

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ゆで野菜の温サラダ(めがね)

 人生に疲れたとき、新しく何かをやり直したいとき、旅に出るのはよくある話だ。非日常の体験が、日常のしがらみを忘れさせ、いわゆる魂の洗濯ができるからだろう。

 映画『めがね』の主人公タエコが逃げ出したくなって選んだ旅先は日本のどこかにある南の小島(映画で理由は明かされない)。大きく重いキャリーケースを引きずりたどり着いたのは、およそ商売っ気のない宿「ハマダ」だった。ハマダには宿の主人、生物教師の若い女性、そして春先にだけやってくる謎の老婦人が集い、彼らが醸し出す独特の連帯感に、主人公は馴染めずどこか居心地が悪い。