印欧祖語はいつ、どこで話されていたのか

 インド・ヨーロッパ語族はどうしていち早く広い地域に分布することになったのか。その謎に挑むにあたって、著者は問題を大きくふたつに分解する。すなわち、インド・ヨーロッパ祖語の原郷をめぐる問題(第I部)と、その語族の具体的な拡散過程に関する問題(第II部)だ。

 インド・ヨーロッパ語族の諸言語は共通祖先を持っており、その共通祖先にあたる言語は「インド・ヨーロッパ祖語(印欧祖語、Proto-Indo-European)」と呼ばれる(図1参照)。では、印欧祖語はいつ、どこで、どんな人たちによって話されていたのか。これが第一の問題である。

 その問題をめぐって展開される前半180ページの議論が、じつは本書のなかで最もエキサイティングな部分のひとつである。そこで著者は、おもに言語学的な知見ないし証拠に依拠しながら、その問題の解明に取り組んでいる。

 そのなかでもとくにエキサイティングなのは、印欧祖語の「再構築」と、それをとおして多くの事実が明らかになってくることだ。当然のことながら、印欧祖語はすでに失われており、それ自体の記録は残っていない。だが、印欧祖語から派生した言語(娘言語)たちを確定し、それらの語彙を比較すれば、印欧祖語の語彙をかなりの精度で復元することができる。実際、そうした手法により、言語学者はこれまでに印欧祖語の語彙を1500以上も復元している。

「車輪」に相当する単語が含まれていた

 そして、そうして復元された語彙のなかには、たとえば「車輪」に相当する単語や、ワゴン(四輪荷車)に関連する単語も含まれる。これはとりわけ注目に値する事実だろう。というのも、その事実は、印欧祖語の話し手が車輪付きの乗り物をすでに使用していたことを強く示唆するからである。そのようにして、それら復元された語彙をとおして、印欧祖語の話し手たちの生活スタイルや社会制度などが浮かび上がってくる。

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 そのほかにも、復元された印欧祖語には興味深い特徴がある。たとえばそれには、(別の語族に属する)ウラル祖語との間に語彙の借用関係が認められる。とすれば、しかるべき年代において、印欧祖語はウラル祖語と隣接する地域で話されていたのではないか。そうやって今度は印欧祖語が話されていた場所や年代も絞られてくる。

 印欧祖語の原郷に関して、以上のようにさまざまな証拠を引き合いに出しながら、著者が最終的に提示する見方はこうである。それが話されていたのは、前4000年から前3000年の間、広くとって前4500年から前2500年の間だ。そしてその場所は、現在のウクライナとロシア南部に位置し、黒海とカスピ海の北に広がる大草原、すなわち「ポントス・カスピ海ステップ」と呼ばれるところである(図3参照)。では、その時代のその場所を起点として、インド・ヨーロッパ語族はそれからどうやって拡散していったのだろうか。

図3 前3500年-前3000年頃の印欧祖語の原郷