(英エコノミスト誌 2018年5月19日号)

アルゼンチン大統領選、マクリ氏が勝利

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで行われた大統領選の決選投票で、投票する中道右派の野党連合「カンビエモス(変えよう)」のマウリシオ・マクリ候補(2015年11月22日撮影)。(c)AFP/JUAN MABROMATA〔AFPBB News

経済の窮状の責任は主に国民自身にある。

 2002年の初め、アルゼンチンの人々は怒りと不安、そして深い喪失感に襲われていた。

 数年に及ぶ緊縮財政と不景気に苦しめられた揚げ句、銀行の取り付け騒ぎを止めるために「コラリート」と呼ばれる政策措置が発動され、預金の引き出しも制限されたからだ。

 それでも、アルゼンチン国民が「兌換法」と呼んでいた仕組みを救うことはできなかった。1991年以降、通貨ペソの為替レートを1ペソ=1米ドルにペッグ(固定)してきた制度のことだ。

 2001年のクリスマスの頃には1週間で4人の大統領が就任・辞任し、政府は通貨を切り下げ、820億ドルの債券をデフォルト(債務不履行)した。国家による史上最大のデフォルトだった。

 この1世紀前には世界で十指に入る豊かな国だったアルゼンチンで、人々の所得は急減し、失業は急増し、国民の貧困率は56%に高騰した。

 こうした出来事のせいで、アルゼンチンの人々の心は頑なになった。多くの国民が、あれは国際通貨基金(IMF)のせいだったと思っている。

 2015年から大統領を務めるマウリシオ・マクリ氏がペソの取り付けに対抗すべく、IMFに「スタンドバイ取り決め(SBA)」という貸付制度の適用を申請したことが、経済学的には理にかなっているものの政治的には非常にリスクが高いのは、このためだ。

 「我々アルゼンチン人には、IMFについてとても嫌な集団記憶がある」

 野党ペロン党の上院議員のリーダーを務めるミゲル・アンヘル・ピチェット氏は、現地紙「クラリン」のインタビューでこう語っている。