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伊藤若冲《仙人掌群鶏図襖》(部分) 重要文化財 江戸時代・18世紀 大阪・西福寺蔵

(文:フォーサイト編集部)

 一般的にあまり知られていないが、日本には現在も発行を続ける「世界最古の美術雑誌」がある。それは、日本・東洋古美術研究誌の『國華』。この雑誌は、明治22(1889)年10月、思想家の岡倉天心(1863~1913年)とジャーナリストであり政治家でもあった高橋健三(1855~98年)が中心となって、日本や東洋の文化を再評価すべく創刊された。岡倉が掲げた宣言文冒頭には「夫レ美術ハ國ノ精華ナリ」の言葉が掲げられ、「今日の國華は将来の東皇(東方の神、指導者)となることだろう」(現代語訳)と結ばれている。

1冊1円と高価だった創刊号

 創刊号では、《伴大納言絵詞(ばんだいなごんえことば)》(住吉弘貫による模本)と岩佐又兵衛《美人図》を多色摺り木版画で、狩野正信《三笑図(さんしょうず)》、円山応挙《鶏図》、運慶《無著像(むじゃくぞう)》を、ガラス板を原版に使用する精巧なコロタイプ印刷を用いたモノクローム写真で、紹介している。最新の印刷技術を用いたB4判ほどの大きさの創刊号は、豪華で魅力的であったものの、値段は1冊1円。現在の貨幣価値に換算すれば、約1万円という高価なものだった。

 現『國華』主幹・小林忠氏は、こう話す。

「浮世絵から引き継がれ洗練されてきた伝統的な木版画と、29歳だった新進気鋭の写真家・小川一眞(1860~1929年)がアメリカから持ち帰ったコロタイプ印刷という、新旧2つの技術を駆使し、岡倉天心は理想の誌面を追い求めたのです。ただ経費を度外視したため、数年で経済的に破綻してしまい、新聞人と親交があった高橋健三が『朝日新聞』の社主だった村山龍平(りょうへい、1850~1933年)、上野理一(1848~1919年)に援助を求めました。『國華』は現在も定価5000円プラス消費税と高額です。とても雑誌の値段とは思えない(笑)。親の『朝日新聞』にとっては出来の悪い息子ながら、関東大震災と先の戦争で休刊を余儀なくされた以外は、厳しく査読された数々の学術論文を毎号誌上に発表し、新発見、再発見された重要な作品を世界に向けて発信し続けることができています」

奈良時代から近代作家までの美術史の流れ

 今年、創刊130年目を迎えるこの『國華』と『朝日新聞』140周年を記念して、特別展「名作誕生―つながる日本美術」が東京国立博物館で開催されている。本展覧会は日本・東洋美術史研究の第一線で活躍する『國華』編輯(へんしゅう)委員と東京国立博物館研究員が協議を重ねて企画し、選りすぐりの日本美術史上の「名作」を紹介。当然、展示作品には『國華』掲載作品も少なくない。これらの名作がどのように誕生したのか、巨匠たちが何と、誰とつながって名作を生んだのか、作家や作品同士、共通するモチーフなどの「つながり」に注目している。『國華』編輯委員の佐藤康宏東京大学文学部教授が説明する。

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