なぜ食べるのか? 生命の根源に迫る深淵なる疑問

考究:食と身体(1)主神ジュピター篇

2018.04.27(Fri) 大平 万里
筆者プロフィール&コラム概要

 ときおり「人食いバクテリアの恐怖」などとマスコミで騒がれることがある。その人食いバクテリアの正体は、溶血性レンサ球菌。しかし、この微生物を顕微鏡でいくら覗いてもビーズが連なったようなものが見えるだけで、「人食い」と呼ばれるような禍々しさはない。ではなぜ「人食い」などと言われるのだろうか。

溶血性レンサ球菌の顕微鏡写真。染色後に観察したもの。(写真提供:慶應義塾大学医学部感染症学教室・生方公子共同研究員/厚生労働省新興・再興感染症研究事業)

 それは、このバクテリアが身体に侵入したときに、ヒトの細胞を崩壊させる因子を分泌して、人体の組織を溶解させてゆくからだ。

 そして、溶血性レンサ球菌が実際に食べているのは「人体の組織」そのものではなく、組織の分解産物や体液である。つまり「人食い」は正しく言うなら「人(そのものではなくヒトを構成している物質)食い」ということだったのである。

 言うまでもなくバクテリアは単細胞であり、口もなければ消化管もない。すなわち、溶血性レンサ球菌に限らず、バクテリアの「食べられるもの」の多くは細胞膜を透過できるようなサイズの物質である。そして、取り込んだ物質を使って、バクテリアは自身の菌体を維持し、増殖させてゆく。

 だが、実は、私たちの身体をつくる細胞でもそれは変わらない。肉を食べても、その肉が、そのまま自分の細胞に取り込まれるわけではない。肉はアミノ酸にまで分解されないと細胞へ取り込めないのだ。そして、バクテリアと同じように、アミノ酸に限らず細胞膜を透過できた物質によって、私たちの身体の細胞も維持されている。

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1964年東京生まれ。生物・化学系ライター。熊本大学理学部生物学科卒業。北海道大学理学研究科博士課程修了。博士(理学)。旧工業技術院(現・産総研)、秋田県立農業短大附属属研究所などの流動研究員、高校教諭等を経て現在に至る。最近はその辺に転がる岩石の来歴が気になってしょうがない。


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