日本の企業で、税引後1兆円の利益を上げられる会社は果たして何社あるだろう。トヨタとソフトバンクの2社ぐらいではないか。IRを10カ所建てた場合の年間の資金流出額は、日本の3本の指に入る企業の年間の利益が丸々持っていかれるようなものだということになる。

 この流出額は、シンクタンクなどが行った試算の金額とはまったく性格が異なる――「仕入れを含んだ総需要押し上げ効果」などというような、曖昧で、よく分からない数字とは違う。公開された決算情報から単純計算された試算だ。米国に流れる人件費や仕入れを足し入れることもしていない。

 米国のIR事業者が単独で「1兆円規模の投資だって厭(いと)わない」ともちかけているのにはこういう理由がある。

「裁量労働制」削除の時と同じでは?

 シンクタンクなどが作った「試算額」には、これまで挙げてきたデメリット(負の経済効果)はまったく金額換算されていない。試算を行う際には、メリットとデメリットを比較する(費用対効果分析)、補完関係や代替関係を考慮する――これらは経済学の基本のはずだ。少なくとも、試算では「ポジティブ(楽観シナリオ)」「ネガティブ(悲観シナリオ)」「ニュートラル(中立シナリオ)」の3方向から分析するのが通常だ。

 どのような依頼や背景があって、これらの「カジノ経済効果の試算」が行われたのか、私には分からないが、独り歩きしたらマズイ数字をレポートの表紙に載せ、巨億の資金流出額については目をつぶる調査機関、その試算額を「権威ある研究機関が言っています」と見出しへ躍らせる新聞等のメディア。どちらも世論や政府関係者の印象を操作してきたという意味で罪深い。

 今年2月の国会では「裁量労働制」の説明資料に比較不能なデータが並べられていたと問題になり、裁量労働制は法案から削除、安倍首相が陳謝する事態となった。私たちは、その時の教訓から何かを学んだのだろうか。本記事で取り上げてきた「試算」を、政府官邸はIR整備推進会議の第1回目会合で資料に使い、国民には誤った印象がずっと与えられ続けてきたわけだ。

 IRに関する議論は一からやり直した方がいい。