もし相手が、どうしたらよいのか分からない思考の罠に陥って、今のやり方以外を考えられなくなっていたら、「これだけ頑張っているのにうまくいかないなんて悔しいね」と、頑張りを認めることで自責の念から解放しつつ、「工夫さえあれば頑張りが報われる」ことを匂わせ、気づかせる。

「どんな工夫が可能だろう?」質問して工夫を促す。相手の述べる工夫が不十分なアイデアであってもケチをつけず、「うんうん! なるほど! 他にもあるか、どんどん考えてみよう!」と、アイデアを出したこと自体を賞揚する。自分の見解を述べながら質問すると、新たな情報を加味してさらによく考えた工夫を述べるようになる。それを面白がれば、ますます考えるようになる。

 これならうまくいきそうだ、折角の苦労が空回りしている状態から、歯車がガチッと噛み合った状態に移れるだろう、という工夫をうまく相手の口から引き出せたら、「面白い! とりあえずそれでやってみよう。どうだったかまた教えてね」と言ってその場を去る。工夫を面白がってもらえると、話が終わったあともさらに工夫を考え続けるようになる。

注目すべきは「内面」の動き

「工夫する」という行為は、結果を出そうとする「内面に起きた心の動き」だ。これに驚き、面白がると、工夫をどんどんし始める。工夫を思いつくと、やってみたくなる。意欲がわくから、苦労を厭わない。努力を努力とも思わずにするようになる。工夫もするし努力も苦労も厭わないから、結果が出る。

「結果ではなくプロセスをほめよう」とするビジネス書が多いが、恐らくそれでは不十分な表現。プロセスに着目しても、「頑張っているポーズ(芝居)」という外面をほめたら、結果をほめるのと大差ない。結果をほめるのも、プロセスとはいえポーズをほめるのも、「外面」に着目しているからうまくいかないのだ。

 外側にとらわれているようでは、本人の工夫、努力、苦労を促せない。大事なのは内面だ。努力、苦労をしたことをいたわった上で、工夫を促す。そして工夫に驚き、面白がる。すると人は「やってみたくなる」。すると自発的に動き出す。自分で見つけた工夫は愛着があり、成功するまでの努力、苦労をいとわなくなる。

 筆者が拙著『自分の頭で考えて動く部下の育て方』で「工夫・努力・苦労に驚き、面白がる」というコツを述べたのは、以上のような理由だ。なのに「プロセスをほめる」のと同系列に論じられてしまうと、ちょっと残念。