このように太陽暦であるか太陰暦であるかを問わず、ある特定の歴史上あるいは神話上の出来事を起点にした紀元暦は、デファクトスタンダードとなった西暦と併用して今なお世界各地で使用されている。

 そう考えれば、日本で、太陽暦としての西暦を日常的に使用しながら、同時に現在でも公文書では太陽暦ではあるが元号を使用していることは、世界的にみてもけっして特異なことではないことになる。ある意味では、西暦というデファクトスタンダードに対して、元号によって日本の独自性を守り、グローバル化に歯止めをかけていると言えるかもしれない。

「明治150年」は「近代の終わり」の年?

 今年2018年(平成30年)は「明治150年」にあたる。

 明治150年は、さまざまな意味で節目となる年である。近年は、明治維新の歴史的な意味の見直しも活発化している。明治維新から始まった「近代」の終わりが顕在化した年として、明治150年は後世から回顧されることになろう。政府主導で2068年に「明治維新200年」が祝われることはないかもしれない。

 だが、「近代の終わり」は、「前近代」への回帰ではなく、近代の否定(=「反近代」)でもない。近代化を完成した日本が、異なるステージに移行するのだと考えるべきである。しばらくは「移行期」の混乱が続くだろうが、日本の年中行事は、今後も太陽暦にもとづいて行われるのであり、太陰太陽暦に戻るわけではないからだ。