「紀元節」「建国記念日」という発明

 さて、一昨日の2月11日は日本の「建国記念日」であった。

 西暦2018年の今年は、皇紀2678年にあたる。「皇紀」とは、「神武天皇即位紀元」ともいうように、初代の天皇である神武天皇が即位した日時を起点にした紀年法のことだ。『日本書紀』の記述にもとづき神武天皇の即位の日時が紀元前660年1月1日と同定されたのは、1873年(明治6年)のことであった。その日時を太陽暦に換算して、2月11日を「紀元節」として制定した。この紀元節が戦後の1966年に復活したのが、「建国記念日」である。

 戦前の昭和15年、すなわち1940年には、「皇紀2600年祭」が大々的に祝われている。また、皇紀2676年(2016年)には、「神武天皇二千六百式年祭」が執り行われた。神武天皇の崩御から2600年目にあたるためである。神武天皇は在位76年に及んだことになる。

 もちろん神武天皇は神話上の人物であって、実在の人物ではない。重要なことは、建国記念日もその前身である紀元節も、明治維新後の「発明」であり、150年弱の伝統に過ぎないということだ。そもそも、江戸時代末期に尊皇思想が高まるまで、天皇の存在など日本人はほとんど意識していなかったのである。

 皇紀という紀年法は、結局のところ日本ではスタンダードとならないまま現在に至っている。

「西暦」はデファクトスタンダードに過ぎない

 あまりにも当たり前になりすぎているために、西暦がキリスト生誕暦であることは普段はほとんど意識されないが、「紀元前」と「紀元後」の境目がイエス・キリストの生誕であることが、西暦の性格を如実に物語っている。

 紀元前は略してB.C.というが、これは英語の "Before Christ"(キリスト以前)の略だ。紀元後は略してA.D. というが、これは英語ではなくラテン語の "Anno Domini" の略である。「主イエス・キリストの年」という意味である。