「構造改革」とは不良債権の清算だった

 小泉氏が首相に就任したときは、1998年に金融危機が起こったあと、金融機関の不良債権処理が続いていた。普通は不況のときは財政支出を増やすが、小泉首相は極端な「財政タカ派」だった。下の図のように、2001年からの小泉政権で財政支出は大きく減った。

日本の財政支出(GDP比・%)と実質成長率(右軸・%)、出所:IMF

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 これはマクロ経済政策の常識では考えられないが、彼は「構造改革なくして成長なし」と主張して、財政支出を削減した。これについて当時は「日本経済を崩壊させる」という批判が強く、日経平均株価は2003年4月に7603円の最安値をつけた。

 しかし2003年から成長率は上がった。株価もそれにつれて上昇し、2005年には日経平均は1万6000円台まで上がった。その原因は何だろうか。

 それは構造改革だ、というのがよくある話だが、郵政民営化や道路公団の民営化などの制度改革は成長に貢献しなかった。郵政選挙の行われた2005年に、成長率はやや下がっている。

 成長率が上がった2002年には、竹中平蔵経済財政担当相が不良債権の最終処理を強行した。90年代に銀行が不良債権処理を先送りしていたことが非効率な企業を延命したが、それを竹中氏が「ハードランディング」させたのだ。

 これは当時は評判が悪く「清算主義」などと批判されたが、結果的には2003年以降の「V字型回復」の最大の原因だった。つまり構造改革とは、不良債権の清算だったのだ。