不合理に対する対処法

 古代の人々は、例えば地球という天体が「球体」であるとは知らなかったし、病気の原因が細菌やウイルスであるといったことも知りませんでした。

 地震や津波、落雷などの科学的メカニズムも知るわけがなく、落雷については「かみなり」、つまり神が鳴るという表現がいまだに残っているくらいで、私たち人類に襲いかかる様々な災厄は、原因不明の不合理であることが大半だったと言ってよいでしょう。

 これは文化の別を問いません。古代ギリシャではデルポイの神殿で神託が問われ、古代エジプトでもメソポタミアでも、古代中国でも、ありとあらゆる人類の文化は「占い」と縁を切っても切れません。

 もっと言えば、こうした「未知への探索」が、神聖文字などの書記言語を生み出したり、未来予測学として近代科学の源流にすらなっている。

 ご存知の方も多いと思いますが、「ケプラーの法則」で知られるヨハネス・ケプラーやその師匠と言うべきティコ・ブラーへの天体観測は、王室が占いのためにスポンサーとなって厳密測定が行われ、ケプラーは大真面目に

 「30年戦争に加えて、黒死病まで流行っているのは、星の運行が・・・」と言ったことを、その主著「世界の調和」などに延々と記しています。

 近代科学の祖と言われるアイザック・ニュートンも錬金術と縁深く、今日私たちが考えるような科学的合理性は21世紀に入っても、どれほど人類に定着しているか、知れたものではありません。

 しばしば(大半は保守の)(あまり頭の涼しくない)政治家が、お抱え占い師のようなものを囲い込み、水晶玉で税金の使途が決められる・・・といったことが、決して冗談ですまない、情けない現実もあるようです。

 くじ引きで政治決定を下したり、クガダチ(熱湯に手をつけてうそを言っている人を炙り出す)ような裁判法で訴訟を扱ったりすれば、しょせんはむちゃくちゃなわけですから、ろくなことになりません。

 穏当に歴史の一例を挙げるなら、足利幕府初期の隆盛を極めた3代将軍義満がいいかもしれません。

 嫡男・義持に将軍職を譲りますが、実権を握っていた親父の義満が亡くなると(1408)、義持は父に溺愛されていた弟の足利義嗣を冷遇、ついには殺してしまう(1418)など、次第に室町幕府は酷い状態に陥っていきます。

 そのとどのつまりが応仁の乱(1467-77)と言っていいでしょう。