(英エコノミスト誌 2017年12月9日号)

米政府、副大統領と会談拒否のパレスチナ自治政府を非難

エルサレムの旧市街にあるダマスカス門で、ドナルド・トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことに対して同氏の写真を掲げて抗議するパレスチナ人ら(2017年12月8日撮影)。(c)AFP/Gali TIBBON〔AFPBB News

どうしても現状を引っかき回さなければならないなら、この聖なる都市に大使館を2つ開設せよ。

 エルサレムは神聖であると同時に世俗的で、清らかであると同時に罪作りな都市である。

 ユダヤ教の宗教的な典範「タルムード」には、「神はこの世に10の美を与えてくださった。9つをエルサレムに、1つをその他の土地に」と書かれている。

 だが、神がこの世に与えたのは10の苦しみであり、そのうちの9つがエルサレムに、1つをその他の土地に配られたのではないかと思われるときがある。

 中世のアラブ人地理学者アル・ムカッダスィーは、この聖なる都市を「サソリが山盛りの黄金の器」と評していた。

 12月初め、米国はエルサレムをイスラエルの首都と認め、米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移す手続きを始めると発表したドナルド・トランプ大統領は、イスラエルの民主主義を尊重しているのだと主張した。

 また、これは現実を追認するだけのことであり、自分はパレスチナとイスラエルの和平を引き続き追求しているとも述べた。だが実のところ、この行動はサソリの恐ろしい一刺しだった。

 世界の他の国々から首都を承認されていないという点で、イスラエルは特異な国だ。

 エルサレムに大使館を置いている国は1つもない。この奇妙な状況は歴史の産物である。