(英エコノミスト誌 2017年11月18日号)

中国シリコンバレーの中の村落 消えゆく路地と庶民の暮らし

中国・北京の中関村で、戸外でくつろぐ住民たち(2017年8月17日撮影)。(c)AFP/Nicolas ASFOURI〔AFPBB News

習近平氏の絶大な権力にも限界がある。

 中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は先日、巨額の債務が「中国のマクロ金融システムにある脆弱性の根源」であることは周知の真実だと述べた。

 周知とまではいかない真実は、政治の役割である。中国の債務問題は、中央政府と地方政府のギクシャクした関係による部分が大きい。

 実際、2015年には、両者の緊張関係のために債務の額が危険なレベルに達した。このときはルールの変更でしのぎ、しばらくはそれで問題が解決できたかに見えた。だが、映画「高慢と偏見とゾンビ」と同様に、ここにきて恐怖が蘇っている。

 中国という国はとにかく広大であるため、中央と周縁の関係には常に何らかの問題が存在していた。

 「天下大勢、分久必合、合久必分(長らく分裂状態にあった天下は必ず統一されるし、長らく統一されてきた天下は必ず分裂する)」という警句もある。

 ここ数年は、中央政府が統一の必要性を強調している。地方政府が自主性を謳歌しすぎていると確信し、管理を強化しようと試みているのだ。しかし、地方はこれに抵抗し続けている。

 中国の財政制度は特異で、地方政府――省、市、県などの当局――は歳入については非常に限られた権限しか持っていない。2014年までは中央の許可がなければ銀行借り入れも債券発行もできなかった。

 また、歳入として受け取る税収の割合も固定されている。例えば、付加価値税の税収については50%が地方政府の取り分で、個人所得税ではこれが40%になる、といった具合だ。

 この割合では必ず足が出る。地方政府は税収全体のざっと半分を受け取るが、その一方で政府支出の3分の2を負担するからだ。県(County)のレベルでは、このギャップが特に大きい(下の図参照)。