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(文:澤畑 塁)

サルは大西洋を渡った――奇跡的な航海が生んだ進化史
作者:アラン・デケイロス 翻訳:柴田 裕之
出版社:みすず書房
発売日:2017-11-11

「ありそうもないこと、稀有なこと、不可思議なこと、奇跡的なこと」。生物地理学者のギャレス・ネルソンはかつてそんな言葉でそれを嘲笑したという。だが実際には、どうやらそれは生物の歴史において何度も生じていたようだ。それというのは、生物たちによる長距離に及ぶ「海越え」である。

 本書が挑んでいる問題は、世界における生物の不連続分布である。世界地図と各地に生息する生物を思い浮かべてほしい。大西洋を挟んで、サルはアフリカ大陸にも、南アメリカ大陸にも生息している。また、「走鳥類」と呼ばれる飛べない鳥たちは、南半球の4つの隔たった地域に分布している。さらに、ガータースネークはメキシコ本土で見られるが、そこから海で隔てられたバハカリフォルニア半島の南部にも生息している。

 そのように、系統的に近しい多くの生物が、海などの障壁で隔てられた、遠く離れた地域に生息している。しかしそうだとしたら、彼らはいったいどうやってそれらの地域に進出したのだろうか。「この、遠く離れ、分断された分布のおびただしさは、何をもってすれば説明できるのか」。それこそが、本書が挑んでいる大きな問題である。

大陸移動や気候変動で生息地域が分断されたのか

 じつはいまの問題に関しては、生物地理学において最近まで支配的だった見解が存在する。「分断分布」というアイデアがそれである。

 簡単に言えば、不連続分布の主たる原因を「地質学上の分断事象」に求めるものである。生物たちは自らが移動して(とくに海を渡って)新たな地域に進出したのではない。そうではなく、具体的には大陸移動や気候変動が引き金となって、彼らの生息する地域が分断された結果、生物たちは不連続な形で分布するに至ったというのである。