窃盗の刑罰に見られる、更生するための工夫

――吉宗の「更生」への思いが分かりました。では、彼は法典においてどのようにその思いを具現化したのでしょうか。

高塩 分かりやすいのが「盗み」、すなわち窃盗犯罪に対する刑罰です。窃盗は、「犯罪の王様」と言われています。それは、犯罪の中で一番多く発生することとともに、犯罪を重ねる傾向があるからです。

 そういった窃盗犯罪に適用する刑罰として、「公事方御定書」では、初犯に「敲」(たたき)の刑、再犯に「入墨」(いれずみ)の刑、三犯には「死罪」という名の死刑を科す原則を作りました。このような「窃盗三犯は死刑」という原則は、前回も紹介したように、やはり明律と共通しています。

 このうちの入墨については、中国では入墨のことを「刺字」(しじ)と称し、初犯だと右腕の手首と肘の間に「窃盗」の漢字を彫り込み、再犯では左腕に同じものを彫りました。そして三犯には、死刑を科したのです。

「公事方御定書」では、それをアレンジして、初犯は敲、再犯で入墨としました。入墨の入れ方についても、漢字を彫るのではなく、図案化したものを入れるように決めました。

――窃盗の犯罪者に対して、すぐに追放刑や死刑という形で「排除」するのではなく、初犯、再犯で猶予を与えながら、敲や入墨によって更生を図ったということですね。

高塩 加えて、入墨には別の意味もあります。まず、入墨は「死刑の前段階にあること」を示す印になります。さらに、入墨という形で「前科者の烙印」を押すことで、周りの人たちは「入墨の人がいたら気をつけましょう」と、盗み犯罪から身を守るように警戒させる役目がありました。「入墨」の刑には社会防衛としての役割もあったと考えられます。