――それが、「公事方御定書」で更生の要素が含まれてくるのですね。

高塩 はい。従来通りの死刑や追放刑も定めてはいますが、吉宗は追放刑の適用を極力控えるように指示しています。それと同時に、犯罪者がもう一度社会に戻れるよう配慮した刑罰も採用しています。そしてこの場合、吉宗が若いときから勉強した「明律」の刑罰にその形式を借りていることが分かります。

――どういうことでしょうか。

高塩 前回の記事で、吉宗は将軍となる前、和歌山藩主の頃から中国の「明律」を研究してきたことを紹介しました。明律研究は将軍になった後もますます盛んに行い、学者に注釈書や翻訳書を作らせたのです。

 そして、上下巻に分かれる「公事方御定書」の構成は、中国の律令法典の性格と類似していると指摘しました。それは、明律などの律令法典を「公事方御定書」の作成に生かしていることを意味します。

 そんな中、吉宗が明律研究の一環として学者につくらせた「大明律例譯義」(だいみんりつれいやくぎ、14巻14冊)は、明律の各条文を分かりやすい日本語に翻訳したものです。この書物の巻頭には「律大意」といって、刑法の運用や刑罰の適用について、心がけるべき重要な事柄を39箇条にわたって述べた箇所があります。著者の高瀬喜朴は、その第2条の中で次のように述べています。

「律令は天下を治る法なり。其内(そのうち)令は前方に教えて善に至らしめ、律は後に懲して善にすすむ」
 

 律令法典の「令」は「このようにしなさい」とか「こうしてはいけない」という命令や禁止を定めた教令法、「律」はその違反を罰する制裁法(懲罰法)となっています。これは、「公事方御定書」の上下巻にも見られる構成なのですが、先の一文で大切なのは、「令は前方に教えて善に至らしめ、律は後に懲して善に進む」という部分です。

「前方」は「あらかじめ」という意味で、「後」は「罪を犯した後」ということです。“あらかじめ善に至らしめること”はもちろん大切なのですが、罪を犯してしまった後は、刑罰によって“懲らしめて善に進ませよう”という訳で、ここに更生の考えが強く表現されています。