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 祖先の食事に迫ろうとする本書が最初に取り上げるのは、意外にも昆虫である。旧石器時代の狩猟採集民時代の食生活をすることで健康な肉体が得られると考える“パレオダイエット”でも、昆虫を大きく取り上げることは少ない。ところが著者は、「昆虫はかつて人間社会の主要なカロリー源だった」という。昆虫を主食とする霊長類は昆虫の外骨格主成分たるキチン質を消化するための酵素を持っている。我々の祖先も昆虫を追いかけ、その高い栄養価を満喫していたはずだ(昆虫には必須アミノ酸やビタミンB、マグネシウムなどが高濃度でつまっている)。

 ところが、現代のヒトの胃液にはキチン質を分解する酵素がわずかしかなく、昆虫から限られた量のエネルギーしか吸収できない。この喪失には、気候の寒冷化が大きな役割を果たしていると考えられる。寒冷化に伴い湿度が高くなると、森林の優占種は大きく変化し、新種の食物を与えてくれる新種の樹木が出現したのだ。この新種の食物とは、果物のことであり、果物がより良い体格と頭を現実のものとするエネルギーをわたしたちの祖先にもたらしたのである。

果物や魚は本当に健康にいいのか

 果物には多様な栄養が含まれ、抜群に健康に良いと考えている人も多いだろう。しかし、現代社会を生きるわたしたち人間は(そしてクマや鳥類も)果物ばかり大量に摂取すると体重が減ってしまう。伝統社会でも果物だけを食べて暮らしていた人々はほとんどいない。この謎を解き明かすためには、ヒトと果物の進化的競争関係を知る必要がある。著者はまず、ヒトがどのような進化的過程でビタミンC合成能力を失ったのかという説明から始めていく。人類の進化を振り返ることで、ヒトの食べ物に対する好き・嫌いの背景もよりくっきりと見えてくる。本書では「進化はなぜうまみの誘惑を好んだのか?」という興味深い問いも問われている。

 果物と同様に、魚は一般的に健康に良い食材だと考えられている。サラダ油や加工食品に含まれるオメガ6脂肪酸が自己免疫疾患や心臓病、肥満などを悪化させている可能性を明らかとした研究が発表されてから、オメガ3脂肪酸やビタミンDを含む魚への健康食品としての注目度は著しく増加した。一方、伝統社会に目をやれば、魚を食べることをタブー視する傾向を見つけるのは難しくはない。北米、インド、イギリスやフィジーなど様々な地理に位置する地域で、魚嫌いの伝統を持つ人々が多く存在していた。