秋が深まると伊那食品工業の本社も紅葉が美しい。

 社員を大切にする経営一筋で50期連続増収増益の伊那食品工業(長野県伊那市)が、人手不足時代に入っても採用に困るどころか日本中からますます優秀な学生を集めている(前回の記事参照)。

 世の中が成果主義人事ブームに沸いていても馬耳東風。頑なに年功序列を守ってきた。

 その結果は社員の給与水準は同業他社より上がり、若くして一戸建て住宅を購入、さらに生活の安定から3人以上の子供を持つ社員が増えているという。少子高齢化が進む日本にとってありがたい話である。

生活の安定が画期的商品を生み出す

 安定を求めるのは変革への大敵という考えがあるとしたら間違いだ。伊那食品工業の場合には、生活の安定が様々な画期的製品を生み出すのに一役買っている。

 伊那食品工業の製品は「寒天」である。日本市場の約80%、世界市場の15%のシェアを誇る。

 世界シェアが低いのは、同社が日本市場を中心にしていることもあるが、寒天は約400年前に日本で生まれた食材であり、世界ではほとんど食用にされることなく、細菌などの培養用の用途がほとんどという理由が大きい。

 寒天はテングサやオゴノリといった海藻から作る。

 日本では古くからこれらの海藻を煮詰めた煮汁を冷まして固化させた「ところてん」に酢や蜜をかけて食べる習慣があった。江戸時代初期に、ある“事故”によってこのところてんから寒天が生まれた。

 寒天の起源として知られているのは、1685年、京都の伏見で旅館を営んでいた美濃屋太郎左衛門が寒い冬に、食べ残したところてんを屋外に放置したこととされている。

 夜の間にところてんは凍り、そして日中の日差しを浴びて干からびてしまった。からからに乾いたところてんを太郎左衛門は再び食べようと思ったのか、水に浸しておいたところ再びゼリー状になった。