執刀医のバックにいた教授

 本書『大学病院の奈落』はなぜこのような事態が起きたのかを仔細に解き明かしている。その背景には大学の学長選挙や第一外科と第二外科の確執といった「白い巨党」を彷彿とさせるような要素が複雑にからみあっているのだが、詳しくはぜひ本書をお読みいただきたい。ただし読み始めたら徹夜を覚悟すべし。まさに巻を措く能わずの一冊だ。

 医療界では「プロフェッショナル・オートノミー」ということが好んで語られるという。医師は高い学識と専門技術を備えた「プロ」であり、医療における判断には外部からの介入を受けない自由が認められると同時に、医師は自らを律し自浄能力を持っていなければならないといった考え方だ。

 ある程度は賛同できる。プロである医師の判断は基本的には尊重されるべきだろう。だが胸を張って「プロフェッショナル・オートノミー」を標榜できる医師がはたしてどれだけいるかとなると大いに疑問だ。

 群馬大病院の問題の執刀医のバックには、彼を引き立てていた教授がいた。執刀医と教授は、日本胆肝膵外科学会の「高度技能指導医」なる資格を持っていたが、この資格の取得に技術審査はなく、手術件数や経験年数などを記入した書類で条件を満たせば認定されるというお粗末なものだった。しかもこの教授は、この書類にすらウソの手術件数を記していたことがわかっている。

 さらに執刀医はその後、懲戒解雇処分になったにもかかわらず、上司である教授は、大学の辞職勧告にも「俺は悪くない。犯罪じゃないんだから」と頑として応じず、弁護士をつけて労働裁判をちらつかせ居座ったという。結局、諭旨解雇処分となり、退職金ももらって大学を去ることになったが、教授と助教の力関係を考えれば、処分の重さに差があり過ぎると指摘されても仕方ない。

 群馬大病院での患者連続死は、こういった人々によって引き起こされたのだ。彼らは決して凶悪な人間ではない。ちっぽけな組織の中で実績をあげることに汲々とし、地位に恋々とする小人物である。悪の凡庸さを看破したハンナ・アーレントにならって言えば、惨事を巻き起こした者の正体は、医師という肩書きが空しく響くほどに、あまりに卑小な人物たちだった。このふたりだけが特殊だったのだと断言できる医師がはたしてどれだけいるだろうか。