決定的に技術不足だった“問題の医師”

 当時、朝の情報番組を担当していたため、この記事を目にした時の衝撃をよくおぼえている。あわてて医療関係者に連絡をとりながら頭をよぎったのは、「8人もの患者が亡くなっているということは、医師による意図的な行為だったのか?」という疑問だった。

 腹腔鏡手術は、腹部に数箇所小さな穴を開け、切り口から細いカメラや手術器具を挿入して行う手術だ。臓器の切除や縫合もモニター画面に映し出された映像をみながら行われる。開腹手術のように腹部を大きく切り開くことがないため、体への負担が少ないとされ、すでに大腸や胃ではポピュラーな手術になっている。

 だがその後、この医師は、開腹手術でも10人の患者を死なせていることがわかった。死亡率は実に12%近く。全国で行われた外科手術を登録するデータ・ベースをもとにした肝臓の開腹手術の術後3ヶ月以内の患者死亡率によれば、比較的リスクの高い切除方法に絞ったデータでさえ4%だというから、これは異常な高さである。

 問題の医師は大学での立場は助教(かつての「助手」に相当)だが、診療現場では、第二外科の消化器を担当する中心人物で、なかでも肝臓や胆嚢、膵臓の領域を専門としていた。

 次々と信じられないような事実が明らかにされていった。腹腔鏡手術で死亡した8名が受けたのは、まだ安全性や有効性が確立していない研究段階の治療法であったこと。にもかかわらず患者と家族に対して安全性について十分な説明がなされておらず、むしろ手術に積極的に誘導するかのような姿勢が病院側にみられたこと。カルテの記録が杜撰だったこと。通常は手術後に患者が亡くなった場合に行われる死亡症例検討会が行われた形跡がなかったこと・・・。これを大惨事と呼ばずしてなんと言おう。

 決定的に恐ろしい事実は、執刀医の技術がきわめて未熟だったことだ。遺族を支援する弁護団がこの医師の手術映像を独自に専門家に検証してもらったところ、「(執刀医の)手技はかなり稚拙」「相当下手。術野も出血で汚染されており、血の海の中で手術をしているような状態」「無用に肝臓に火傷させるなど愛護的操作がない」など容赦ない厳しい指摘がなされた。

 この医師は、『ブラック・ジャック』のドクター・キリコのように意図的に患者を死なせていたわけではなかった。拙い技術しか持ち合わせていないにもかかわらず、次々に難しい手術を行い、いたずらに死亡例を重ねていたのである。しかも病院側はこの深刻な事態を放置していた。これほど恐ろしいことがあるだろうか。