(英エコノミスト誌 2017年8月26日号)

「私は恐れない」車両突入のバルセロナでデモ行進、国王にやじも

スペイン・バルセロナでデモ行進に参加したフェリペ6世国王(前列中央)、マリアノ・ラホイ首相(前列左)、カタルーニャ自治州のカルレス・プチデモン首相(前列右、2017年8月26日撮影)。(c)AFP/LLUIS GENE〔AFPBB News

カタルーニャ自治州の独立の是非を問う住民投票が近づく中、中央政府との亀裂がすでに表面化している。

 それは胸の痛む定番行事になった。スペインのバルセロナでは先日、ヨーロッパ人にとってお馴染みになってきたテロの後、団結しようという気持ちと、テロには屈しないという反発の姿勢が力強く表明された。

 ロンドンやパリなどと同様に、8月17日に虐殺を決行したジハード(聖戦)主義者らは欧州の生活様式そのもの、すなわち自由と寛容、開放性と快楽主義を旨とする生き方に攻撃を加えていた。死者は15人で、負傷者は約130人。ほぼ全員がバルセロナ有数の繁華街ランブラス通りで被害に遭った。多くは観光客で、30を超える国々からこの地を訪れていた。

 スペイン国民の多くは、惨事を逃れられることを期待していた。2004年には首都マドリードで通勤列車4両がジハード主義者に爆破され、192人が殺害されたが、スペインはここ数年、中東や北アフリカでの軍事行動で大きな役割を担っていない。バスク地方のテロ組織「バスク祖国と自由(ETA)」との長期にわたる対決で鍛えられた国家保安機関は、優秀だ。

 また、国内に住むイスラム教徒は近隣諸国に比べて多いわけではなく、移り住んできた時期もどちらかと言えば最近だ。過激派組織「イスラム国(IS)」に参加するために中東に渡った居住者は190人前後にすぎず、帰国者も25人ほどにとどまっている。

逆レコンキスタ

 それでも、スペインはテロを免れることができなかった。現在のスペインの大半が、中世にはイスラム教徒のカリフが支配する領地「アル・アンダルス」だったことを、ISは忘れていなかった。スペイン、特にカタルーニャ自治州にはサラフィー主義者が多く住んでいる。サラフィー主義者とは、イスラム教スンニ派の中でも極めて保守的な信者のグループで、少数派ながら暴力的なジハードを好む人もいる。