また組織人といえどもよい人ばかりとは限らない。ところが匿名主義は一種の性善説に立っているため、「性悪」な人間が匿名性を逆手に取り、陰で私的利益を追求するようになるとお手上げだ。実際に匿名主義のもとでは公私混同や責任転嫁といったモラルハザードが起きやすいし、巨額の資金流用や悪徳商法、贈収賄のような事件の温床になる場合もある。

自分の名前が出ればモチベーションが上がる

 人的資源管理において、さらに大きな問題はモチベーションの面にある。

 人間には他人から認めてもらいたいという承認欲求がある。匿名ではいくら努力し、貢献しても一部の人にしか評価されない。職場や会社の外で認められる可能性は小さく、ときには上司によって合法的に手柄を横取りされてしまうこともある。

 要するに匿名だと努力のしがいがないわけであり、力の出し惜しみや手抜きも起きやすい。

 逆に自分の名を出して仕事をさせると、成果をあげれば組織の内外から認められるので、自分の名誉にかけてもよい仕事をしようとする。

 京都のある機械メーカーでは、機械1台の組み立てを丸ごと1人に任せ、製品には個人のネームプレートを貼って出荷させている。そうすることで、よい製品をつくれば納入先から直接本人に感謝の声やよい評価が返ってくるようになった。その結果、社員のモチベーションが目に見えて上がり、若手社員の離職も皆無になったという。

 また酒造会社のなかには杜氏の名前と顔写真入りのラベルを酒瓶に貼っているところがあるし、高級車用のエンジンに製作者の名前を刻むようにしているメーカーもある。いずれのケースでも、名前を出すようにしてから社員の意欲が明らかに向上したという声が聞かれた。