(英フィナンシャル・タイムズ紙 2017年8月14日付)

国民の幸福度向上も「社会的孤立」が問題化、ブータン

ブータンの首都ティンプーで行われた王の誕生日を祝う行事で、学校の生徒たちの踊りを見物する人々(2013年6月2日撮影、資料写真)。(c)AFP/ROBERTO SCHMIDT〔AFPBB News

 かつてヒマラヤ山脈の隠れ里だったブータン王国は近年、エキゾチックな世界を求める裕福な旅行者に門戸を開いてきた。そして今、この国の気を引こうとする高圧的な訪問者――インドと中国――の扱いに苦慮している。

 インドと中国の軍隊は2カ月前から、ブータンと中国がともに領有権を主張するドクラム(中国名:洞朗)高地という荒涼とした土地でにらみ合っている。インド側は、中国がゾンペルリという尾根に向かう道路をブータン領を横切りながら建設しているため、これをやめさせるべく介入したと述べている。ゾンペルリは、インドの最も脆弱な地域を見下ろすことができる戦略上重要な場所なのだ。

 また、この激しいにらみ合いは、仲の悪い隣国同士が、小さいとはいえ戦略的に重要な土地をめぐってもめているというだけの話ではない。インドとブータンが昔から続けている近い関係を揺さぶり、ブータンに影響力を行使したいという中国政府の欲望の反映でもある。

「中国はヒマラヤ地方を支配下に置こうとしている。そうしなければチベットにおける揺るぎない支配を維持できなくなる、と考えているからだ」。ニューデリーにあるシンクタンク、政策研究センターで戦略研究を専門としているブラーマ・チェラニー教授はこう指摘する。「その際に中国が直面する最大の障害がブータンだ。ブータンとインドの間に楔(くさび)を打ち込むことは、明らかに中国の戦略だ」

 インドは長らく、ブータンにとって財政、技術、軍事の面で最大の援助国だ。最大の貿易相手でもあり、外界とつながる最も重要な出入り口でもある。この役割は1949年に、ブータンの外交関係を事実上インドの支配下に置く友好条約の締結によって強化された。

 ブータンはその後、この条約を改定して国際関係で自主性を発揮したいと申し入れ、インドが要請を受け入れた。それから10年経った今も、ブータンはまだ中国とは正式な外交関係を結んでいない。しかし一部の国民からは、国境の確定など長年の懸案を決着させることも含めて中国と関係を築き、インドへの依存度を低下させたいとの声も上がっている。