昭和11年のチャーハン、お米の多さにはワケがある

「栄養と料理カード」でたどる昭和レシピ(1)チャーハン

2017.08.04(Fri) 三保谷 智子
筆者プロフィール&コラム概要

 テレビなどで調理人がチャーハンを作るとき、初めに中華なべにたっぷりの油を熱してとき卵を流して、半熟状のいり卵をとり出す場面を目にする。「栄養と料理カード」3枚では卵を加えるタイミングは三様だ。

 昭和11年は、ラードを溶かしたところでとき卵を入れ、その後、ねぎ、ごはんの順に加えていく。昭和32年は、最初にラードを溶かしていり卵を作っていったん取り出しておく。そして、ねぎとハム、ごはんを炒め終えてから最後に加える。昭和46年は、ねぎとハム、ごはんを調味してから最後にとき卵を流し入れて、全体が黄色になったら皿にとる。いずれの方法でもよいことが分かる。油を吸収したいり卵によって、全体がパラリと仕上がり、チャーハンにうま味とコクを増している。

 また、油については、昭和11年と32年はラード、46年は油(植物油)だった。筆者が子ども時代を過ごした昭和30~40年ごろ、台所にチューブ入りの白い塊状のラードがあったことを覚えている。

 ラードは豚の背脂で、風味があり、食品のおいしさを引き立てて料理にコクを出す。中国料理では用いられるが、成人病(今は生活習慣病)に警鐘を鳴らす30~40年ぐらい前から、飽和脂肪酸の多い動物性脂肪は敬遠され、一般にはすっかり姿を見なくなった。

『栄養と料理』の昭和42年1月号には食品トピックス「日本人はもっととりたい食用油」という記事がある。日本人は脂肪の摂取量が足りないので食用油をもっととりましょうという内容だ。統計では、日本人の食用油の消費量は、戦前の昭和9〜11年の平均では1人1日あたりわずか3gだった。戦後になると、昭和21年1.7g、40年10.2g、50年15.8gと増える。

 50年ぐらい前は、油をとるメリットとして、油脂1gで約9kcalというエネルギーを得られる点、ビタミンAやカロテンなどの脂溶性ビタミンの摂取効率を高める点、油脂を使うと1つのなべで手早くさまざまな材料を調理できる点などが強調されていた。

 経済的に豊かになって質素な食生活は様変わりし、昭和40年代後半から平成時代には食べすぎや栄養バランスの乱れ、運動不足などにより、肥満者が増加し、油の摂取量は制限する方向になった。人々の健康志向も高まり、料理に使う油の種類も、今は脂肪酸組成などから選ぶ時代になった。だが、油も適量は必要であることは忘れてはいけない。

いかがでしたか?
JBpress をブックマークしましょう!
Twitterで @JBpress をフォローしましょう!
Facebookページ に「いいね」お願いします!

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

三保谷智子(みほやともこ)

栄養と料理』元編集長。2011年4月から香川昇三・綾記念展示室勤務。学芸員。

東京都出身。1977年立教大学文学部史学科卒業後、香川栄養専門学校栄養士科(現 香川調理製菓専門学校)へ進学、「栄養士」の資格を取得。その後、1979年女子栄養大学出版部雑誌編集課に入職、約30年『栄養と料理』の編集に携わる。1988年より2011年まで、10年間編集長を務める。途中、同部マーケティング課、書籍編集課に在席。

独立行政法人国立健康・栄養研究所外部評価委員。「食生活ジャーナリストの会」会員、NPO法人「野菜と文化のフォーラム」会員、NPO法人「くらしとバイオプラザ21」理事。現在、『栄養と料理』で連載「レシピの変遷シリーズ」を執筆中。


食の万華鏡

食の安全に対して国民の関心が高まっている。今後、安全で美味しい食の供給国としての日本を考えた時にもこの問題は重要になる。食の安全の話題を中心に、食トレンド、食品マーケットなど、食にまつわる様々なテーマを取り上げる。