日本初の「ゲノム編集」農作物、普及までの課題とは?

新しい育種技術(NBT)応用イネの試験栽培始まる

2017.07.28(Fri) 佐々 義子
筆者プロフィール&コラム概要

 ガイドが切りたい塩基配列に導くと、Cas9のハサミが切るので、その箇所ではノックアウトが起こる可能性も高くなる。精確に切りたい場所に変異を起こさせるのが、ゲノム編集の「威力」だろう。

「痕跡を残さぬ」技術には賛否の捉え方

 ところで、このハサミ(Cas9)の遺伝子は植物体の中に存在し続けるのだろうか。

 例えば、おいしいが病気に弱いトマト(親)があり、ここに病気に強い遺伝子を何らかの方法で導入したら、味を悪くする遺伝子も一緒についてきたとする。そのような場合、育種の過程では、掛け合わせてできた子と親を掛け合わせる「もどし交配」を繰り返し、病気に強い遺伝子だけが、よい性質を持つ親に定着するように選抜していく。

 同じようにゲノム編集でも、戻し交配をしながらハサミの遺伝子を除くことができる。すると、ゲノム編集技術で小さい変異(遺伝子の変化)を起こさせた作物と、自然突然変異で生まれた作物とを、科学的根拠をもって区別することは困難になると予想される。

 これが「(遺伝子を操作した)痕跡を残さない」と言われる由縁である。ゲノム編集技術はそれだけ、自然に近いと捉える見方もあるし、遺伝子を操作したことを隠すのが目的だという人もいる。

実用化に向けて安全性確認、消費者の需要、表示などの課題

 ハサミの遺伝子が育種の過程で除外された場合、ゲノム編集技術応用作物は遺伝子組換え体として扱われるのだろうか。日本は冒頭のイネのように、遺伝子組換え作物で用いられてきた方法を用いながら、ケース・バイ・ケース、ステップ・バイ・ステップで検証する方向で、ゲノム編集技術応用作物の実用化への道を歩み始めた。

 事業者の立場からいうと、痕跡がないことが証明されれば、遺伝子組換え作物・食品に対して行われてきた安全性確認(食品としての安全性と環境影響評価)が不要になり、そのコストが削減できる。これは開発者にとって大きなメリットである。

 このコスト故に、遺伝子組換え作物の作出には海外の大手企業しか挑戦できなかったが、コスト削減が実現すれば、大学などの公的研究機関やベンチャー企業、日本の種苗会社のような中小企業にも好機が訪れるかもしれない。同時に特許の問題も浮上してくる。日本発のゲノム編集技術の開発も行われている。

 それでは、消費者はこの技術を応用した作物をどのように受け止めるのだろうか。痕跡が残らないことが証明されれば、最終製品で評価する「プロダクトベース」の考え方に従い、安全性確認は不要になる。

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(さっさ・よしこ) NPO法人 くらしとバイオプラザ21 常務理事。博士(生物科学)。NPOでは、バイオテクノロジーと人々の暮らしを切り口にしたサイエンスコミュニケーションの実践と研究を行っている。ことに「バイオ」に特化したサイエンスカフェ「バイオカフェ」を企画、実施してきた。神奈川工科大学客員教授。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。


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