世界で異色、「あん」抜きには語れない日本の豆料理

消費量減の時代に見直したい、豆の多能性

2017.07.07(Fri) 佐藤 成美
筆者プロフィール&コラム概要

日本で発展、甘い豆の流行

 日本では小豆などの豆類をあんや煮豆などで甘い味付けにして食べることが多い。だが、甘い豆を食べるのはアジアの国々だけだ。

 あんは、小豆などの豆類を軟らかく煮て砂糖を加えたものをいうが、中国から伝わったときには饅頭に入れる具を指していた。平安時代に伝わった饅頭には肉のあんが入っていたが、僧侶たちが肉食を避けるため、小豆で代用したのが現在のあんの始まりといわれる。室町時代に砂糖が伝わると、甘いあんが作られるようになった。

 甘い豆やあんこが庶民でも食べられるようになったのは、砂糖が国内生産されるようになった江戸時代後半からだ。きんつば焼や大福などの和菓子が作られるようになり、あんは和菓子の主役になった。

きんつば焼。水でこねた小麦粉であんを包み、鉄板の上で長方形に焼く。

 小豆あんの他にも、白インゲン豆を使った白あん、エンドウ豆を使った鶯(うぐいす)あんなどもある。あんはデンプン質の多い豆類でしか作れず、タンパク質や油の多い大豆や落花生ではペースト状になるだけで作れない。ただし、大豆の成長過程である枝豆なら、まだデンプンを含む割合が高いのであんになる。東北地方で食べられている「ずんだ」がその例だ。

 あん独特の、粘りがなくさらりとした食感は、豆類を煮たときにできる「あん粒子」をうまく取り出すことで生まれる。豆の細胞の中では、デンプンは粒子として存在している。水を吸ってデンプン粒子がふくらみ、加熱されて細胞がばらばらになった状態があん粒子だ。ここに保水力のある砂糖が加わり、つやが出て、保存性も増す。

 江戸時代には、甘い煮豆を売る店が登場。明治時代になると、煮豆専門店が現れた。豆類と砂糖の相性は抜群によいので、煮豆やそのころ登場した甘納豆は庶民のお茶請けとして受容された。煮豆が手軽に買えるようになったこともあり、大豆は加工しておかずに、それ以外の豆は甘くしてお茶請けなどにと用途が分かれたのだろう。

 大豆や小豆を食べているのは、主に東アジアだ。大豆は米国やブラジルなどでたくさん生産されているが、もっぱら油をとるのが目的だ。大豆と小豆の存在が、日本独自の豆の食べ方に結びついたのではないだろうか。

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サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)、農学博士。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『「おいしさ」の科学』(講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。


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