(英エコノミスト誌 2017年6月10日号)

サウジやエジプトなど4か国、カタールと断交 「テロから守る」

カタールの首都ドーハ(2014年5月8日撮影)。(c)AFP/KARIM JAAFAR〔AFPBB News

サウジアラビアはイランとイエメンのみならず、すぐ隣の国々との緊張も高めている。

 カタールのサーニー一族、バーレーンのハリーファ一族、クウェートのサバーハ一族、そしてサウジアラビアのサウド一族は、何世紀も前から反目し合っている。

 アラビア半島内陸部のネジド地方を発祥の地とする彼らは、ペルシャ湾で海賊を襲撃するのに最適な海沿いの拠点をめぐって小競り合いを繰り広げてきた。だが、諍いがとげとげしさを増しているときでも、庇護と受容の不文律だけは遵守していた。

 それぞれの部族が50年前に国家の支配者になった後も、その国民は砂漠に引かれた国境を越えて行き来したり、生活したり、結婚したりしていた。首長が怒って大使を召還することはあるかもしれないが、サウジアラビアのサルマン国王が2015年にイエメンとの戦争に踏み切ったときでも、サウジアラビア国内にいる100万人以上のイエメン人を追い出すことはなかった。

 ペルシャ湾岸のアラブ人にとって、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、そしてサウジアラビアが6月5日にカタール人の追放を命じたことは、宣戦布告よりもショッキングな出来事だ。自分たちの行動規範を破る行為に当たるからだ。2週間以内に出国せよという命令に、カタール人の妻を持つサウジアラビア人の夫は、妻についていけば今ある暮らしを奪われるかもしれないと心配している。

 カタールにとって唯一の陸の国境(その向こうはサウジアラビア)では、すでに出国者が長蛇の列を作っている。砂丘は障壁になり、カタールで消費される食料などのモノや人の行き来を妨げている。短距離の人の往来は激減した。UAEでは、ツイートも含め、カタールへの同情を表明すれば罰せられることになった。外交上の交流も途絶えた。陸・海・空の交通路は、バーレーンなど上記3カ国に加えてエジプトとイエメンによっても遮断された。