「ブランド米」産地、次の日本一はどこ?

ドラッカーで読み解く農業イノベーション(6)

2010.12.10(Fri) 有坪 民雄
筆者プロフィール&コラム概要

イノベーションの第4の機会──「産業構造の変化」

 「産業や市場の構造は非常に安定的に見えるため、内部の人間は、そのような状態こそ秩序であり、自然であり永久に続くものと考える。しかし現実には産業や市場の構造は脆弱である。小さな力によって簡単にしかも瞬時に解体する」

 (『イノベーションと企業家精神』ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)

新潟にとって画期的だったコシヒカリの導入

 日本のコメのチャンピオン「コシヒカリ」が初めて新潟県に導入される時、その食味の良さはほとんど評価されていませんでした。

 確かに食味は良いのだが、収量が多いわけでもなく、農家にとって嫌な「倒伏」(イネが倒れてしまうこと。稲刈り作業が大変になる上に品質が低下することも多い)しやすい品種ということで、むしろ投入しない方がいいというのが新潟県の考えでした。

 コシヒカリの素質の良さを分かってもらえない導入派の人たちは、とんでもない理由をつけて新潟県に導入を承諾させます。

 今の農家は肥料がふんだんに手に入るから、イネに肥料をやり過ぎて倒伏させてしまう。その悪い癖を直させるために、あえて倒伏しやすいコシヒカリを導入すべきだ、としたのです。

 そんなむちゃくちゃな主張に折れて、1963(昭和38)年に新潟県はコシヒカリを奨励品種に指定しました。

 日本でコメの自給率100%が達成されたのは68年。減反開始が70年。新潟でコシヒカリの普及が進んだのはそんな時期でした。ちょうどその頃、絶妙のタイミングでコメ市場が食味重視に変化しました。

 かつて新潟のコメは、「鳥も食わないでまたいで通るほどまずい」という意味の「鳥またぎ米」とさえ言われていました。それがコシヒカリの登場で、日本一のブランド米産地となったのです。

日本一の座を虎視眈々と狙う北海道

 それから約40年たった2010年、北海道産の新品種「ゆめぴりか」の東京での販売が始まりました。

 北海道は以前から打倒コシヒカリに情熱を傾け、「きらら397」をはじめとした新品種の導入を進めてきました。その努力は相応に認められ、現在は新潟に次ぐブランド米の産地としての地位を築いています。

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1964年兵庫県生まれ。香川大学経済学部経営学科卒業後、船井総合研究所に勤務。94年に退職後、専業農家に転じ、現在に至る。1.5ヘクタールの農地で米、麦、野菜を栽培するほか、肉牛60頭を飼育。主な著書に『農業に転職する』『農業で儲けたいならこうしなさい!』『戦略の名著!最強43冊のエッセンス』(共著)などがある。


農業の進む道

就業者の高齢化と減少、国際競争力の欠如など、様々な問題を抱える日本の農業。農業改革が遅々として進まないのはなぜか。農業を覆う問題の構造を明らかにし、あらゆる方面から日本の農業を活性化する方策を探る。