(英エコノミスト誌 2017年4月29日号)

高齢者の自殺ほう助認める動き、医師らが反対表明 オランダ

つえを突いて歩く高齢の男性、仏西部ナントで(2017年3月16日撮影、資料写真)。(c)AFP/LOIC VENANCE〔AFPBB News

死は避けられないが、つらい死は避けられる。

 1662年、数字に強いロンドンの小間物商ジョン・グラントが、人の死を定量的に分析した本を世界で初めて世に問うた。結核菌のせいでリンパ腺が腫れる「瘰癧(るいれき)」という病気(当時は、国王に触ってもらえば治ると信じられていたため「国王病」と呼ばれていた)で亡くなったのは何人だったかというように、死者の数を原因別に数えたのだ。

 死因の中には不思議なもの、詩的にさえ聞こえるものもある。1632年のロンドンでは15人が「おのれを殺め」、11人が「悲嘆のあまり」死亡し、2人が「深い眠り」に陥ったという。

 グラントの著作からは、近代医学が生まれる前の死が突然やってくる恐ろしいものだったことがうかがえる。また、それは早く訪れるものでもあった。20世紀になるまで、人間の平均寿命はチンパンジーのそれと同程度だったのだ。

 今日では科学が発達し、経済も成長するようになったため、人間より長生きするほ乳類は陸上には存在しない。だが、その意図せぬ結果は、人間の死を医療体験に変えてしまうことだった。

 人がいつ、どこで、どのように亡くなるかは、この100年間で変化してきた。比較的最近の1990年まで、世界全体の死の半分は慢性疾患によるものだったが、2015年にはその割合が3分の2に高まっている。また、裕福な国々では、病状の改善と悪化を数年にわたって繰り返した末に亡くなるケースがほとんどになっている。

 さらに、ざっと3分の2の人は病院か高齢者向け福祉施設で最期の時を迎えている。それも、懸命な治療を最大限に受けた後でそうなることが多い。米国では今後、65歳以上で亡くなる人の3分の1近くが、人生最後の3カ月間を集中治療室(ICU)で過ごすことになる。ほぼ5分の1は、最後の月に手術も受ける。

 こうした熱心な治療は、本人やその周囲の人々すべてに苦痛をもたらすことがある。概して言えば、病院で亡くなるがん患者は、ホスピスや自宅で亡くなる同様ながん患者よりも痛みやストレスを強く感じ、気分の落ち込みも著しい。また、がん患者が病院で亡くなった場合には、遺族が医師と口論したり、遺族同士で言い争ったり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんだり、悲しみから立ち直るのに長い時間がかかったりしがちだ。