威風堂々たるコンクリート神社 地域に根付き20年 東京

東京都中野区にある八津御嶽神社2階で行われた寄席、奥の祭壇は白いカーテンで覆われている(2017年3月9日撮影)。〔AFPBB News

前回、「五箇条のご誓文」を当時の民衆がどのように受け止めたかという「常民の歴史」に触れました。

 これに対して、子供が学校で習ってくるのは、多くは政治史です。645年大化の改新、794(啼くよ)うぐいす平安京遷都、1192(いいくに)作れと鎌倉幕府・・・といった類が典型的な政治史です。

 例えば「大阪城は豊臣秀吉が作った」などと言われますが、1583-98年にかけて大阪で実際に築城工事に携わったのは多くの大工であり、左官であり石工であり、その他数限りない職人の仕事にほかなりません。

 建築史では柱や梁、あるいは欄間彫刻など含め、細部が年代決定や様式の最大重要ポイントになります。たぶん「作らせた」はずの為政者は、ほとんどこうしたことには知識も経験もない。

 「アベノミクス」にしても、大臣や閣僚に政策立案能力がどれくらいあるか分からないのと同じことで、実際に歴史を形作っていくのは、名もない庶民の無数の生活、常民の生きたファクトこそが歴史にほかなりません。

 それに大鉈をふるって後から付加されるストーリーは、後代の粉飾と言うしかありません。

 「五箇条のご誓文」は、その典型を示しているように思います。

 いま「古典落語」と呼ばれるものの大半は、古くからあった話が明治期に再編され、戦前までのものをそのように呼んでいるもので、1930、1940年代に作られ工夫された「古典落語」も存在します。

 例えば上方落語の「代書」(代書屋)は、文字が書けない顧客が履歴書を書いてもらいに代書屋さんを訪れてのチグハグなやり取りを描いたものですが、昭和5年などの年号が出てくるバージョンもあり、1930年代にも労作されていたことが分かります。