「これらは、調査した中でも特に状態がひどかった分岐器です。日本が信号と踏切の工事を開始するのを待たず、できるだけ早く交換しないと、いつ甚大な事故が起きてもおかしくありません」と訴えた後、菊入さんは、分岐器全体を交換するパターン、切り替えポイントとその周囲を交換するパターン、そしてトングレールと枕木だけを交換するパターンの3案を提案した。

 このプレゼンを踏まえ、MRがどのような決断を下すかは、まだ決まっていない。しかし、今後、日本が設置する信号や踏切は、今は各駅で駅員が手動で切り替えている分岐器とともに、線路に沿って敷設される電線を通る電気によって作動することになるため、仮に軌道・土木の施工に不具合があると、信号と踏切、そして分岐器が連動して作動しない可能性も否定できない。

 軌道・土木はMR側で、信号と踏切は日本側で、と分けることによって、日本は、丸ごとすべて施工するよりも難しい工程管理と質の担保を迫られることになりそうだ。

「ぽっぽや」の矜持

 一言で「鉄道技術」と言っても、「より早く」「より便利に」「より快適に」を追求する華やかな新規技術の開発とは対照的に、車輪の脱線や軌道の破壊を防ぎ、安全を確保するために行う計測作業は、非常に地道、かつ地味だ。

 この日、予定していた作業を終えて引き上げる皆の作業着は、スコールにでも降られたかのように汗でびしょ濡れだった。

 思わず「大変ですね」という言葉がこぼれたが、「いいや、なぁんも」と、晴れやかに笑う藤原さんの言葉を聞いて、はっとした。

 「こうやって計測した結果が計画に反映され、鉄道の安全性が高まるのなら、これ以上嬉しいことはないよね、“ぽっぽや”として」

 乗客の目には触れないところで、文字通り、陰ながら鉄道の運行を支える技術者たち。並々ならぬ彼らの努力は、しかしながら、列車が通常に運行している限りは、多くの人々に知られることすらない。

 にもかかわらず、「安全で早くてスピードが上がれば、人々も鉄道に戻ってきて、ヤンゴンの渋滞も緩和されるんじゃないかな」と目を輝かせる藤原さんを突き動かしているのは、“ぽっぽや”としての責任感と矜持だ。

 ぎらぎらと照り付ける日差しにも負けない熱い技術者魂が、今日も線路の上で燃えている。

(つづく)

信号や電気、運行計画など、各分野ごとにMR幹部と最終調整する調査団のメンバーたち