(英エコノミスト誌 2017年4月15日号)

皇居で新年の一般参賀、4万7000人余り

新年の一般参賀のため皇居に集まった人々と、ベランダであいさつされる天皇、皇后両陛下と皇族方(2017年1月2日撮影)。(c)AFP/TOSHIFUMI KITAMURA〔AFPBB News

旗を振り回す極右勢力にとっては少し問題

「教育ニ関スル勅語(教育勅語)」は1890年10月に明治天皇の名で発布された。315文字の美文調で書かれており、忠義や孝行の心を、そしてとりわけ皇室永続のために生命をささげる覚悟を養うよう臣民に促す内容だった。

 その謄本はすべての学校に配布され、天皇を祀る校内の小さな神社に安置された。子供たちは教育勅語をそらんじた。教育勅語は「国体」という、神聖なる天皇とその臣民を結びつけて国家を作る神秘的な概念の基礎になった。

 つまりこれは、日本人が天皇の名の下で数々の命令を実行することになった教化への道――軍国主義、総力戦、そして最終的に破滅的な敗戦へと至った道――の始まりだったのだ。

 従って、日本で「国体」という言葉が、ドイツでの「レーベンスラウム(生存圏)」と同じくらい嫌われているのも無理はない。なお、教育勅語は日本の降伏から3年後の1948年、国会が失効と排除を決議している。

 では、安倍晋三内閣は4月の初め、どういうつもりで教育勅語の学校での利用を容認したのだろうか。官房長官の菅義偉氏は、政府としては勅語を子供の教育の「唯一の根本」にすべきだとは全く思っていない、とはにかみながら述べた。この方針を批判する者は原理主義者だと言わんばかりだ。

 菅氏はまた、教室で使用することを政府として積極的に促進するつもりもない、となだめるように語った。使うかどうかは教師次第であり、使う場合には憲法に反しないようにするべきなのだという。