太政官による新政府の「ご一新」で、16歳の少年天皇は何を天地神明に誓ったか?と民衆は期待し、磯城界隈では「一夜ぼぼ」の掟が少年天皇によって改められ

 4月22日の夜でなくても構わず
 上の太子のお宮の杜でなくてもよく
 家の中でも 昼間でも いつでもどこでも
 好きな相手と交わって「其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事」の自由を得た

 「これはええ世の中になった」

 と、夜這い乱交が大流行し、官憲が取り締まっても取り締まっても、こういうことは一度広まると、なかなか歯止めが利きません。最終的には明治の末年頃に「一夜ぼぼ」自体が廃れたそうですが、なかなか下火にならなかった様子が察せられます。

  もしかすると、第三条

 「旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ」

 すなわち、「以前からの古臭い、誤った風習を破り捨て、天地の公の道に基づいて行動しなさい」というのを、

 「旧来の風習で縛りの多かった一夜ぼぼなどの掟を破って、人間が天から授かったままの本性、すなわち本能の赴くままに、いつでもどこでも思いを遂げて好きなようにしてかまわないんだよ! これからはご一新だから」

 などと自由に解釈されて、そういうことになったのかもしれません。

 私が「五箇条のご誓文」を原文で習ったのは中学3年の時でしたが、陋習という言葉は十分難しく、担当の世界史の教師(故・岡俊夫先生)が、いろいろと解説してくれたのを覚えています。

 幼稚園児にこれをどのように教えるつもりなのか・・・ただの丸暗記以上のことにはなりそうになりませんが、旧来もへったくれも、まだ何もない無地の子供が、本能の赴くままに好き勝手しろと曲解するなと言って無理な相談であるような気もします。

 少なくとも150年前、オリジナルのときは、別の理解の方がはるかにヒットしているわけですから。

 「五箇条のご誓文」やら「教育勅語」やらを変に珍重し、その一部に良いことが書いてあるから、などと言うのなら、まず「五榜の掲示」からチェックするのが肝要と思います。

 実に良いことが書いてありますよごく一部だけですが、「ともだちとなかよく」。

 あとは、家父長権やら男女不平等やら門地出生の束縛やらすさまじい内容ですが、この国では痴呆創生閣僚が国宝建築物の中で生火やら水やらを使わせる「観光」スピリットが大事だそうで、学芸員を一掃すべき、というくらい、独自の民族伝統、日本文化に尊敬も愛情も誇りも何一つないらしいので、適当にゴボーの掲示も都合のいいところだけ使いまわしたら便利なんじゃないでしょうか。

 この点、民衆ははるかに伝統文化に忠実で、「一夜ぼぼ」に類する習俗は一年中、日本全国どこでも・・まあ夏の浜辺、例えば夏休み中の南の島などは顕著かもしれませんが・・・しっかり「自由化ルール」で伝統を発達、進化させているような気もします(苦笑)。