(英フィナンシャル・タイムズ紙 2017年3月24日付)

英議会襲撃、新たに容疑者1人拘束 捜査はメッセージアプリに焦点

英ロンドンの襲撃事件の現場となったウェストミンスター橋で、犠牲者に手向けられた花束(2017年3月26日撮影)。(c)AFP/Daniel LEAL-OLIVAS〔AFPBB News

 これについて、本当に語る価値のあることなど存在するのだろうか。一時的とはいえ人々を日常から非日常へと追いやったロンドンでの忌まわしい事件の後、日常に戻る過程で見られたのはうんざりしてしまう光景だった。

 まず、ソーシャルメディアにユニオンジャックが現れた。弔意を表すためだが、むしろ、我々英国人がテロの犠牲者というおぞましいクラブに再度加わったことを思い出させる方向に作用するように思われる。また、セキュリティーの「専門家」が続々と登場し、以前語っていたことを繰り返した。

 政治家たちは、国民の決意を強固にしようと、どうしようもない決まり文句を羅列した。ポピュリストや識者たちは、悲惨なほど予測可能でたいくつな反応を示した。事実の概略すら把握せずに、今回の攻撃は自分の指摘が正しかったことを裏付けていると躍起になって主張したのだ。ドナルド・トランプ・ジュニア、英独立党のナイジェル・ファラージ、同党の支援者アロン・バンクス、コラムニストのケイティ・ホプキンス――人々の期待に絶対に届かないことを最も得意とする、何とも風変わりな人たちだ。

 たとえ政治家が適切なコメントをしても、その言葉は繰り返されることですぐに希釈されてしまう。事件が起きた水曜日の夜には、まさにそんな光景が見られた。テリーザ・メイ首相は警察官らに言及し、「ほかの人々には逃げるよう促しながら、自らは危険な場所に向かって駆けていった」と称えた。この対応には筆者も胸を打たれた。

 ところが国防相が繰り返し用いたせいで、翌朝にはこのフレーズは常套句になり、心の深いところに響く言葉ではなく、唱えられるだけの言葉になってしまっていた。国防相はこのフレーズのようには考えていない、と筆者は言っているわけではない。ただ、どのように言えば価値のある発言になるかは自分で考えなければいけない、と言っているだけだ。