民進党は、治安の悪化や駆けつけ警護問題に絡めて自衛隊の撤収を主張してきた。今、安倍首相が撤収を決断したのだから、素直に撤収を喜べばいいではないか。

 「森友学園問題」とPKO撤収問題を絡めて何が何でも政局にしようとする意図が垣間見える政党を誰が支持するというのか。すべての国会議員がすべきは、5年間の長きにわたり灼熱の地で黙々と施設作業に従事してきた自衛隊に感謝し、5月末の無事の帰国を祈念することではないのか。

政府の答弁に対する違和感

 一方で、政府の国会答弁を聞いていると、素直には納得できない発言があった。

 例えば、自衛隊の活動地域であるジュバ周辺で政府軍と反政府軍の銃撃戦があったとしても、ずっと「治安は安定している」と言い続けてきたが、その認識は国民の認識や現地の自衛官の認識とは違うのではないか。

 特に現地で活動する自衛隊員にとっての治安問題は命にかかわる事項であり、現実の治安が悪化しているにもかかわらず、「治安は安定している」と言われ続けると良い気持ちはしないのではないか。

 また、日誌の問題があったが、「戦闘」ではなく「衝突」が国会答弁では適切だという発言にどれほどの国民が納得したであろうか。「戦闘」と言ってしまえば、PKO参加5原則の1つ「紛争当事者間での停戦合意」が成立しなくなるという事情は分かるが、違和感はある。

 政府答弁の不自然さの根本原因は憲法第9条にある。憲法第9条に整合する解釈をしつつ、何とかして国連PKOに自衛隊を参加させたいと思うから、すっきりしない政府解釈と答弁を続けなければいけないのだ。

我が国のPKO参加に関する本質的な問題点は何か?

 今回のPKO撤収に関する国会議論の不毛さの根本的な原因は、憲法第9条第2項(「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」)にある。

PKOへの自衛隊の参加と憲法第9条の問題

・政府の解釈

 武器使用は要員の生命等の防護のための必要最小限のものに限られること、停戦合意が破れた場合には、業務を中断して撤収することができること、以上の2点をもって憲法で禁じた武力行使を行うことはない。

・東京外国語大学の伊勢崎賢治教授の主張

 伊勢崎教授によると、ルワンダ内戦における大量虐殺がトラウマとなり、その反省をもとに1999年にコフィー・アナン国連事務総長(当時)が告示(国連部隊による国際人道の遵守)を宣布した。

 この告示により、国連PKOは「紛争の当事者」となることが前提になった。日本政府は、国際人道法に制約されながら戦闘つまり交戦することも9条2項で禁止する「交戦権の行使」として解釈しているのだから、他国の紛争の当事者となるPKOへの自衛隊の参加の違憲性は改めて問われるべきだったと主張している*1

 また、伊勢崎教授は、「今PKOに加わることは、『紛争の当事者』になることを前提としなければなりません。それは、つまり、『敵』を見据え、それと『交戦』することです。9条が許しますか?これは9条の問題なのです」と言い換えて説明している*2

 政府としては、「敵を見据え、それと交戦する以前に撤収する」のだから9条に違反しないと解釈するのであろう。いずれにしても、憲法第9条の改正なくしてPKOを巡る明快な議論はできないであろう。憲法改正に向けて特段の努力をすべきである。

*1=“日本はずっと昔に自衛隊PKO派遣の「資格」を失っていた!”、現代ビジネス

*2=南スーダンの自衛隊を憂慮する皆様へ~誰が彼らを追い詰めたのか?、現代ビジネス