空洞化する左右の「代理戦争」

 このように戦前の歴史の中で教育勅語の果たした役割は大きくないが、それは戦後は軍国主義の代名詞としてタブーになってきた。日の丸や君が代は辛うじて復活したが、それもいまだに学校で論争になっている。

 他方で森友学園の籠池泰典理事長のような「戦前派」もいる。今回の事件は、彼のような「保守反動」が安倍首相と結託して日本を「右傾化」させているという思い込みで朝日新聞が針小棒大に取り上げたものだが、肝心の首相の関与は何も出てこない。

 昭恵さんが名誉校長をやっていたことは事実らしいが、それは首相の政治責任とは何の関係もない。反原発デモや沖縄の辺野古基地反対運動に参加していた彼女が右翼的な学校をほめたのは奇妙だが、彼女の世代(1962年生まれ)ではそういうイデオロギーに大した意味がないのだろう。

 稲田氏(1959年生まれ)も、世間で思われているほど強硬な右派ではない。今回の「道義国家」でも分かるように、教育勅語もネットで現代語訳を読んだ程度だ。安倍首相の安保法制も外務省のボトムアップで決まったもので、思想的な背景はない。靖国参拝も、自民党の集票基盤である遺族会などの「戦前派」へのサービスだろう。

 これに対して強硬な左派も多くない。民進党は総崩れだし、マスコミも影響力がすっかり落ちた。森友問題は久しぶりに事件として安倍政権を追及できる「代理戦争」と意気込んだのだろうが、大山鳴動してネズミは1匹しか出てこない。昭恵さんは責任の取りようもない。

 教育勅語が日本を戦争に導いたわけではない。むしろそこに見られる無内容な「国体」が軍部や皇道派に利用され、「大東亜共栄圏」などの誇大妄想に発展したことが問題なのだ。今の右翼も左翼も歴史に目を閉ざして古いイデオロギー論争に明け暮れているが、朝鮮半島で戦争の起こるリスクは小さくない。ローカルな幼稚園の問題で国会審議を空費している場合ではない。

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