ロシアとトルコ、黒海経由の天然ガスパイプライン建設協定に署名

ロシアとトルコが黒海経由の天然ガスパイプライン建設協定に署名 。トルコ・イスタンブールで開かれた記者会見で握手するトルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領(右)とロシアのウラジーミル・プーチン大統領(左、2016年10月10日撮影)〔AFPBB News

天然ガスをユジノサハリンスクから船で運ぶ

 世の中には間違いだらけのロシア・エネルギー論やパイプライン談義が横行しており、権威ある学者や知識人が書いた本や記事の中にも多くの間違いがある。

 実例を挙げたい。下記の文章を読まれて何が間違いかすぐ分かる方には、この「間違いだらけのパイプライン談義」は不要である。

出典:『ロシア・ショック』/講談社/2008年11月11日刊)

「モスクワは言うまでもなくロシア連邦共和国の首都で、人口1047万人(2008年1月時点)のロシア最大の都市である」(同書60頁)

「ロシアの経済を牽引するのは、なんと言ってもエネルギー資源だ(中略)。天然ガスは非常に細かくパイプラインが通っているが、現在グルジアを通っているパイプラインがこの先どこに延びるかが非常に重要な問題になっている。そこからウクライナを通るのか、あるいはそのまま黒海に通して、そこからタンカーで運ぶのか。パイプラインのルートをめぐって、周辺国が一喜一憂しているのが現実だ。極東では「サハリン1」「サハリン2」のプロジェクトがあり、当初の計画では日本までパイプラインを引くことになっていたが、現在はユジノサハリンスクから船で運ぶ話になっている」(同書62頁)

 本稿では、過去に発表された旧ソ連邦諸国に関するエネルギー論やパイプライン談義の実例をいくつかご紹介して、その誤謬を正すことにより、正しいP/L像に迫りたいと考える。

 ただし、揚げ足を取ることや間違いを指摘すること自体が目的ではない。エネルギー論とパイプライン談義は密接に関連しており、正しいエネルギー論議を可能にするためには、より正確なパイプライン談義が必要になる。

 本稿が、読者の正確なパイプライン談義の一助になれば幸いである。

 なお、筆者は初版本を購入して読んでいるので、その後間違いが改訂版で修正されているのかどうかは確認していない点を付記しておきたい。もし改訂版で修正されている場合は、筆者の非礼をご容赦願いたい。また、本論に対する批判・反論はいつでも大歓迎である点を付記したい。

露V.プーチン大統領のエネルギー戦略
すべてはここから始まった

 筆者が足かけ7年間にわたるサハリン駐在に別れを告げ、宗谷海峡上空を飛んでいたちょうどその頃、シベリアで1人の石油成金が拘束された。

 その日、ロシアの石油会社最大手ユーコスの社長専用機が給油すべく西シベリアはノボシビルスク空港に立ち寄った際、同社の社長がロシア連邦保安庁(FSB)の特殊部隊に拘束されるという事件が発生した。

 翌日の日系各紙は本件を大きく報道。その後、日本のマスコミには「改革派vs. 保守強硬派」の権力闘争が激化し、ロシアが警察国家に路線転換するかのごとき論調が紙面を踊ることになった。

 時に2003年10月25日、拘束された人の名はミハイル・ホドルコフスキー(当時40歳)。それが「強いロシア」を標榜するV.プーチン大統領の、断固たる国家エネルギー政策の意思表示の序曲であったことは、この時点では誰も知る由もなかった。

パイプラインは政治の道具?

 最初に、旧ソ連邦諸国のエネルギーに関する筆者の基本的な立場と見解を述べておきたい。

 筆者は昔から、「旧ソ連邦・新生ロシア連邦は、原油パイプラインや天然ガスパイプライン(以後“P/L”)を政治の道具として使い、欧州向けP/Lのバルブを閉めるようなことはない」と、孤高の論陣を張ってきた。過去そのようなことはなく、現在もなく、今後もあり得ないだろう。

 天然ガスP/Lのバルブを閉めることは自分で自分の首を絞めることになることをロシアは誰よりもよく理解している。ソ連邦・ロシア連邦にとり、天然ガス輸出は主要外貨獲得源ゆえ、自分で輸出用天然ガスP/Lを閉めることはしない・できない。

 ロシアほど信用に足る石油・ガス供給源は存在しない。これが筆者の偽らざる実感である。

 もちろん定期修理や改修のためにP/L操業を停止することはままあるが、その場合は客先(需要家)には事前に通告して供給を一時停止したり、迂回路を使用する。

 上記のように書くと、「ウクライナ向けに過去、天然ガス供給を削減・停止したではないか」との反論が寄せられること必至だが、ウクライナの事例は一義的には経済問題である。

 2006年1月と2009年1月には、確かにロシアからウクライナ向け天然ガス供給が削減されたり停止したが、それはあくまでも経済問題である。

 2013年秋の露・ウクライナ紛争発生後、にわかウクライナ評論家が雨後の筍のように登場した。その多くは政治学者であり、エネルギーのことをよく知らない人たちがエネルギーや天然ガスP/Lを論じていたので、整合性のない話になっている事例が多々あった。

 一方、「ロシアから欧州向け天然ガスP/L輸送路問題は日系各紙にもよく報じられるが、原油P/Lの輸送問題があまり登場しないのはなぜか」という照会を時々受ける。

 天然ガスは気体ゆえ、液化天然ガス(LNG)を除き、輸送手段としての統一P/Lシステムが必要になる。しかし原油は液体ゆえ、仮に原油P/Lが停止・閉鎖された場合でも、(経済性の問題は別として)鉄道輸送や貨車輸送などの代替輸送手段が可能になる。

 これが、原油P/Lの輸送問題が天然ガスP/L輸送問題と比較して、あまりマスコミに登場しないゆえんとなる。

カスピ海・黒海周辺地域のパイプライン地図

 読者の皆様には黒海・カスピ海周辺地域の天然ガスP/L地図を下記添付するので、このP/L地図を参照していただきたい。ただし、この天然ガスP/L地図は少し古い点、ご了承願いたい。

 現在ではナブコ構想は既に存在せず、サウス・ストリーム(黒海横断海底P/L)構想はトルコ・ストリーム構想になり、トルクメニスタンからウズベキスタン・カザフスタン経由中国向け3本の天然ガス幹線P/L(年間総輸送能力550億立米)は既に稼働中。

 4本目の天然ガスP/L(年間輸送能力300億立米)の想定ルートはトルクメニスタンからウズベキスタン・タジキスタン・キルギス経由中国向けであり、2016年には建設着工予定と言われていたが、2017年2月現在、P/L建設はまだ始まっていない。

(出所:米EIA)