役所やマスコミが電通を叩いても過労自殺の問題は解決しない(写真はイメージ)

 1年前に電通の新入社員が自殺した事件について捜査していた厚生労働省は、労働基準法違反の疑いで、電通と当時の上司を書類送検した。家宅捜索してから、わずか1カ月半という異例のスピードだ。この背景には、安倍政権の意向があるといわれる。これを受けて電通の石井直社長は、来月辞任すると表明した。

 しかし過労自殺は、それほど珍しい事件ではない。厚労省の統計によれば、2015年度の「精神障害による自殺」は、労災認定されただけで199件。毎年200件前後で、最近増えているわけでもない。電通の事件がこれほど大きくなったのは、舞台が有名企業で、自殺したのが東大卒の美人だったからに過ぎない。役所やマスコミが電通を叩いても、問題は何も解決しない。

失業で「人生をすべて失う」社会

 過労自殺でいつも議論になるのは「自殺する勇気があるなら会社を辞めればいいのに」という疑問だ。それはどう考えても不合理だが、日本では会社を辞めることが人生の終わりだと思う人が多い。

 日本の自殺者は年間約2万5000人だが、その1割は「勤務問題」が原因だ。自殺率が急上昇したのは1998年で、35%も増えた。この年は北海道拓殖銀行、山一証券の破綻に続いて、日本長期信用銀行や日本債券信用銀行などの破綻があり、企業倒産件数も負債総額も90年代で最悪になった。

 失業で自殺が増えるのは当たり前だと思いがちだが、スウェーデンでは1992年の金融危機で失業率は2%から10%に激増したが自殺者は減り、その後も減り続けている。北欧では失業給付が手厚く、職業訓練で転職を促進するなど、失業を前提にした制度設計ができているからだ。

 自殺率の世界ランキング上位には、リトアニア、カザフスタン、スロベニアなど東ヨーロッパの国が多く、社会主義が崩壊した90年代には上位を独占した。社会主義国では、職を失うことが人生を失うに等しいからだ。