(英エコノミスト誌 2016年11月19日号)

商務長官に知日派ロス氏浮上=財務はムニューチン氏の名も-次期米政権

米ニューヨークのニューヨーク・ヒルトン・ミッドタウンに登場したドナルド・トランプ氏(2016年11月9日撮影、資料写真)。(c)AFP/MANDEL NGAN〔AFPBB News

「米国第一主義」を掲げたドナルド・トランプ氏は、危険なナショナリズムに加わった最新メンバーだ。

 ドナルド・トランプ氏が「米国を再び偉大な国にする!」と誓ったとき、彼は1980年のロナルド・レーガンによる選挙戦をそっくり真似ていた。当時の有権者はカーター政権の失敗を受けて政治の刷新を求めていた。今月の選挙でトランプ氏が当選したのは、同氏も「一生に一度の歴史に残る」改革を公約したからだ。

 しかし、レーガン政権とは異なる点が1つある。レーガン氏は投票前夜に、米国を「高台で光り輝く都市」と形容した。世界の安全を維持するために米国が貢献できることをリストアップした上で、「内向きではなく外向きの、他者に目を向ける」国を夢見ていると語った。

 対照的にトランプ氏は、「アメリカ・ファースト(米国第一)」だと約束している。米国の行動にただ乗りしておきながらワシントンの指導者たちをなめている世界に対して、敬意を払うよう求めながら、「メロディーがおかしい歌のようなグローバリズムに、自分がこの国と国民を献上することはない」と述べている。

 レーガン時代の米国は楽観的だったが、トランプ時代の米国は腹を立てているのだ。

 これが新しいナショナリズムだ。今、第2次世界大戦後初めて、既存の大国と新興勢力が同じタイミングで、さまざまなタイプのショービニズム(極端な愛国主義)の虜になっている。ロシア、中国、トルコといった国々の指導者はトランプ氏と同様に、外交問題は往々にして誰かが得をすれば別の誰かが同じだけ損をするゼロサムゲームであり、世界全体の利益は各国の国益と競合する、という悲観的な見方をしている。これは、より危険な世界に向かう大きな変化だ。

右であれ左であれ我が祖国

 ナショナリズムというのは、曖昧な概念だ。それゆえ簡単に扱えることに政治家は気づいている。ナショナリズムは、最もうまくいくときには1つの国を共通の価値観の下に結束させ、独力では決して扱いきれないことを成し遂げる。この「シビック・ナショナリズム(市民的ナショナリズム)」は融和的で未来志向だ。

 例えば、米国の平和部隊*1のナショナリズム、カナダのインクルーシブ(包含的)な愛国主義、あるいはドイツが2006年サッカー・ワールドカップのホスト国として見せた自国チームへの応援などがこれにあたる。自由や平等といった普遍的な価値観に訴えかけるのが特徴だ。

*1=青年を発展途上国に派遣して開発事業の支援にあたらせる組織