ドナルド・トランプがアメリカ大統領に当選した直後、ドルは大きく下がったが、その後は急上昇し、本稿を書いている段階では1ドル=109円台になった。これはアメリカの長期金利が上がったことが大きな原因で、日米の金利差は為替レートで調整されるので、ドルが上がった(円が下がった)のは当然だ。

 長期金利が上がった最大の原因は、トランプの約束している「5500億ドルのインフラ投資」と大幅な減税による財政赤字の増加だ。これは伝統的な共和党とは違う「大きな政府」の政策なので、実現するかどうかは疑問だが、実業家の彼がオバマ政権より大盤振る舞いをすることは間違いない。

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「実質債務のデフォルト」は起こりうる

 短期的には、バラマキ財政が景気刺激になることは明らかだ。財政赤字が1兆ドル増えたら、GDP(国内総生産)は少なくとも1兆ドル増える。それなら他の国もバラマキ財政にすればよさそうなものだが、日本が「財政健全化」といっているのは財政赤字が大きくなると金利が上昇し、インフレになるリスクが大きいからだ。

 このような財政インフレは中南米ではおなじみだが、日本やアメリカのような先進国では起こらない。それは投資家が「まともな国は政府債務を返済する」と信じているからだ。

 メキシコやブラジルの政府はデフォルトするかもしれないが、まじめな日本人が踏み倒すことは考えられない、と思っている投資家には盲点がある。先進国で名目債務のデフォルトが起こったことはないが、実質債務のデフォルトは起こったのだ。

 史上最大の債務不履行は、イギリス政府が第2次大戦で背負った政府債務をインフレで踏み倒したケースだ。次の図のように、戦時中はGDPの2.5倍を超えていたイギリスの政府債務は戦後、急速に減少し、戦後10年でほぼ半分になった。

イギリスの政府債務(GDP比)と物価水準(右軸・対数目盛)、出所:イングランド銀行