春闘は死語になった・・・。

 2004年1月、当時の奥田碩日本経団連会長(現トヨタ自動車相談役)が言い放った有名なフレーズを、久しぶりに思い起こしたサラリーマンも多いのではないか。連合が8年ぶりにベースアップ(ベア)要求を掲げて事実上スタートした2009年春闘は、本格交渉入り前から結果が見えているからだ。経営側の肩を持つ気はさらさらないが、非正規労働者の大量失業が連日報じられる重苦しい世相と、「正社員の賃金を引き上げよ」という勇ましい掛け声はあまりにも懸け離れている。

 当てが外れて一番がっかりしているのは、政府かもしれない。月例経済報告で景気の後退局面入りを認めた昨年8月、福田康夫内閣が策定した総合経済対策には、中小企業の資金繰り円滑化や高速道路の通行料金値下げといった目玉施策と並んで、「経済界に対する賃上げ要請」が堂々と盛り込まれていた。財政再建目標に縛られて歳出拡大に手の打ちようがなくなり、国が民間に財政出動の肩代わりを求めたわけだ。

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「財界総理」豹変〔AFPBB News

 9月10日には早速、二階俊博経済産業相が御手洗冨士夫経団連会長と会談し、資源・食料高で低下した家計の購買力を補うため、直々に企業の賃上げを要請。これに対し、御手洗会長も「要請を重く受け止める。経済界もできるだけのことはしたい」と応じた。景気の先行きに不透明感が増していた中、異例の国による賃上げ後押し。労組側に「国策春闘」への淡い期待が広がったのも無理はない。

 だが、わずか5日後のリーマン・ショックを境に状況は暗転する。

 ここから先は、ほとんど笑い話の類。日経平均株価がバブル後最安値を更新直後の10月末、麻生太郎首相の指示でまとめられた追加経済対策にも「経済界に対する賃上げ要請」は明記された。しかも、企業業績が急激に悪化する中で、再び実行に移されたのだ。首相が御手洗経団連会長ら財界首脳を官邸に呼び、自ら2009年春闘での賃上げを求めたのは12月1日。「新聞なんか読まない」という自慢は嘘ではなかった。

 一方、要請を受けた御手洗氏が豹変していたのは言うまでもない。さすがの首相も事態をのみ込めたと見られ、12日発表の緊急経済対策には、賃上げの「ち」の字も見当たらない。国策春闘はあえなく暗礁に乗り上げてしまった。

経済界、トヨタ主導で賃金抑制

 「国策」として演出された春闘は過去にもあった。7年前の2002年春闘がそうだ。ただし、政府の立ち位置は今回とは180度異なる。前年4月に誕生した小泉純一郎内閣は「改革なくして景気回復なし」をスローガンに掲げ、新自由主義派の竹中平蔵氏を旗振り役に起用して、市場原理に基づく経済政策を推進。国際競争力の強化には、日本企業の構造問題と言われた高コスト体質の是正が不可欠だと主張し、派遣労働の拡大など雇用分野でも規制緩和が急ピッチで進められた。

 当時の中国脅威論を背景に、産業界で真っ先に小泉・竹中路線に呼応したのは、トヨタ自動車にほかならない。2002年3月期決算で日本企業初の連結経常利益1兆円超えを確実にしながら、トヨタは日経連(現経団連)会長を務める奥田会長の号令一下、この春闘を強引にベア・ゼロで決着させた。当時の交渉経過を知る記者によると、労組側は「まるで国と闘っているようだ」という苦渋の声を漏らしていたという。

 「トヨタが出せないのに、うちが出せるわけがない」。冒頭で触れた奥田氏の指摘通り、その後の春闘は形骸化した。ベア凍結と労働の非正規化で人件費抑制に成功し、製造業各社は輸出中心に業績を改善。日本経済は外需に支えられて、2002年2月から6年近くに及ぶ戦後最長の景気拡大を享受した。そして、トヨタがようやく春闘でベアを復活させたのは2006年。この間、労働分配率は下がり続け、企業収益の拡大が家計に恩恵をもたらしたという実感はついに得られなかった。