(英フィナンシャル・タイムズ紙 2016年8月6/7日付)

ギリシャ選手、薬物検査で陽性 リオ五輪から追放

ブラジル・リオデジャネイロのマラカナン・スタジアムで行われたリオデジャネイロ五輪の開会式で掲揚されたブラジル国旗と五輪旗(2016年8月5日撮影)。(c)AFP/OLIVIER MORIN 〔AFPBB News

 今年は「オリンピック停戦」が必要だ。世界の関心がリオデジャネイロに集中するなか、4年に1度のスポーツの祭典は、高まる怒り、不安、恨みからの解放になるはずだ。

 西側世界では、格差と停滞する生活水準をめぐる緊張が激化して国家主義者やポピュリストへの支持に転化している。

 発展途上国世界も静かではない。中国とロシア、そして軍事クーデター未遂の後に弾圧が行われているトルコでは、権威主義が息を吹き返している。一方、オリンピック開催国であるブラジルでは、街頭で暴動が起き、大統領が弾劾される可能性がある。

 往々にしてオリンピックに伴う政治の駆け引きとスキャンダルがあるにせよ、試合は気分が高揚する瞬間や、不快な社会的ムードからの逃避を与えてくれるだろう。

 また、オリンピックはそうしたムードの指標も提供してくれる。社会のムードの産物である金融市場は、人間の感情の波によって動かされる。楽観主義のクライマックスは市場の高値を伴う一方で、深い絶望感は買い場の合図となる傾向がある。

 オリンピックの場合、新興国の都市に開催権が与えられることは概して、大きな転換点に達したことを意味する。リオはオリンピック招致に成功した4番目の新興国の都市だ。1968年のメキシコ、1988年のソウル、2008年の北京と同じように、リオも長期にわたって持続的な成長を遂げた後に開催を勝ち取った。

 オリンピックはその成長を認識した。そして、どのケースでも、開催決定は成長が行き詰まるか減速する合図となった。韓国とメキシコでは、オリンピックの大会の後に危機が起き、中国では、危機を回避するための必死の対策のように見えるものが続いた。