(英エコノミスト誌 2016年7月23日号)

仏ニースのトラック突入、現場で多くの人々が追悼

仏ニースで、トラック突入事件の犠牲者を追悼するために集まった人々(2016年7月16日撮影)。(c)AFP/Valery HACHE〔AFPBB News

トラックが大量殺人の兵器に変わるとき

 ヤシの木が立ち並ぶ海辺の道路。遺体が横たわっていた場所には、慰霊の品が供えられている。周囲を小石で囲ったところもある。ほとんどの場所でろうそくが灯され、白い花の束と小グマのぬいぐるみが手向けられている。7月14日の革命記念日。イベントの見物客が大勢集まる中に、31歳のチュニジア人男性が運転する19トントラックが突っ込み、84人の命を奪った。そのうち10人は子供だった。

 13歳のフランス人の少年、メディ君が亡くなった場所には、形見となったサッカーボールが1つ置かれていた。彼の叔母も、そのすぐそばで命を落とした。「今はもう、私たちに矛先が向かないことを祈るだけです」。悲しみに暮れるメディ君の家族の1人はそう語った。家族はモロッコにルーツがある。「私たちはフランスで育ちました。この街の出身でもあるんです」

 フランスで大規模なテロが発生するのは、ここ18ヵ月間で3度目になる。今回は昨年11月のパリ攻撃以来の大規模な流血の惨事となった。フランスでは、この国の生活の最も誇らしい象徴がテロの標的にされている。

 2015年1月には、表現の自由(シャルリ・エブド)と宗教の自由(ユダヤ教徒向けスーパーマーケット)、そして治安部隊が攻撃された。2015年11月にはスポーツ、音楽、オープンテラスのカフェが狙われた。そして今回、テロが襲いかかったのは国の重要な祭日を祝う海辺のイベントだった。そこは文豪ヘミングウェイやフィッツジェラルドが好み、マティスやデュフィも絵に描いた、フランスで1、2を争う有名なリゾート地だった。

 チュニジア生まれだがニース在住のトラック運転手モハメド・ラフエジブフレル容疑者は、この街で年に1度の花火大会のために車両通行が禁止されていた海辺の道路にレンタルのトラックで入り込み、1.7キロに渡って走行した。この道には3万人ほどの見物客が集まっており、トラックはジョギングやサイクリングに使われる歩道にも乗り上げながら次々に人をはねていった。惨劇は、容疑者が警察に射殺されてようやく終わった。亡くなった人々の3分の1はイスラム教徒だった。

 フランソワ・オランド大統領はすぐに、この攻撃には「テロリスト」の性質があると述べた。ただ、ラフエジブフレル容疑者による凶暴な行動を見ると、イスラム主義者のテロの定義がどのように変化してきたかが思い出される。