人は一生のうちに、どれほど歩くのだろうか? 1日 7000歩×365日×80年として、おおざっぱに計算しても約2億歩。その一歩一歩を、つぶさに意識しながら踏み出している人はほとんどいないだろう・・・。しかし、この何気ない「歩く」という日常動作には、想像以上に輪郭のはっきりした「個性」が表れている。

「歩き方」はその人を物語る。例えば、顔がよく見えない距離からでも、歩くシルエットで知人だと分かる、そんな経験はないだろうか。見知らぬ人でも、歩く様子から大まかな年齢や、性別を推測することができる。

 これを感覚や経験に基づく推測の域に留めず、解析して役立てようとしているのが、大阪大学 理事・副学長の八木康史教授らの研究グループだ。八木氏らはこれまでに約4000人の歩く姿、すなわち「歩容」のデータを解析し、個人を認証するシステムを構築した。

 その認証率は、94~95%。つまり4000人分の歩行を撮影した動画から、該当者を一番に引き当てる確率が95%ということになる。さらに身長や頭部や肌のテクスチャー情報を合わせると認証率は99%に達するという。

犯人を見逃さない「歩容鑑定」

 歩き方から個人を特定することは、「歩容鑑定」として犯罪捜査に応用されている。防犯カメラの映像と比較し、現場付近にいた人物と同一とみられる人物をピックアップする。これは、遠隔から個人識別ができる唯一の生態認証だと八木氏は話す。

「防犯カメラに残された映像を手がかりにする場合、顔の認証は10メートル以内でないとなかなか難しい。しかし、歩容であれば40~50メートル離れていても判別可能です。高い解像度も必要とせず、30画素以上あれば十分です」

 犯行現場によっては、DNAや指紋の採取が困難なことがある。また、犯人の顔は覆面やヘルメットなどで隠すことができる。しかし、歩き方にどうしても出てしまう癖、「歩きの個性」を隠すことは難しい。最も無意識な個人の特徴を見事に突いている。

 すでに八木氏らの歩容鑑定システムは平成25年から科警研で運用を開始し、これまで事件解決につながったケースもある。

鑑定システムのイメージ図。99.8%、85.3%と表示されている上位2名が本人、3位以降が他人(提供:大阪大学 八木康史氏)