(英エコノミスト誌 2016年6月4日号)

ベルリンで開かれた「Hy! Summit」で講演するピーター・ティール氏(2014年3月19日撮影)。 Photo by Dan Taylor, Heisenberg Media via flickr.

ハイテク億万長者がリバタリアンから企業論のニーチェ主義者へ変身を遂げた。

 ピーター・ティール氏はスポットライトを浴びることに不慣れな人ではない。ペイパルの共同創業者、フェイスブックの最初の外部投資家、シリコンバレーの起業家十数人の後ろ盾として、世界で最も成功したハイテク投資家と言える人物だ。

 リバタリアンを自称し、一風変わったいろいろな目標のために私財を投じていることでも知られる。政府の支配が及ばない島を作る、大学進学をやめて起業する若者に資金を援助する、死という運命に戦いを挑む、などがその主なところだ。

 米国のケーブルテレビ大手HBOが制作した人気コメディードラマ「シリコンバレー」で風刺されたり、マーク・ザッカーバーグ氏を題材にした映画「ソーシャル・ネットワーク」で短時間ながら描写されたりもしている。

 しかし、そのティール氏の基準に照らしても、ここ2週間は尋常ならざる日々だった。

 プロレスラーのハルク・ホーガン(本名はテリー・ジーン・ボレア氏)が、スキャンダルを売り物にするウェブサイト「ゴーカー」を、自分の性行為の動画を公開してプライバシーを侵害したとして訴えた。その裁判について、ティール氏は、ボレア氏に訴訟費用を秘密裏に援助していたことを認めたのだ。

 訴訟の分野でティール氏が発揮する気前の良さに与った人は、ボレア氏のほかにも何人かいる。ことの始まりは2007年、ゴーカーにあるブログ「バレーワグ*1」に「みんな、ピーター・ティールは正真正銘のゲイだぞ」と題した一文が載ったことだった。甘美な復讐は時間を置いてから果たすものだと思っているティール氏は、この一件を機に弁護士を数人雇い、ゴーカーの「被害者」を見つけて裁判に持ち込むのを支援する運動に秘密裏に乗り出したのだ。

 フロリダ州の陪審は、ボレア氏が1億4000万ドルの賠償金を受け取るとの評決を下した(法律の専門家は、控訴審でこの額が引き下げられるか判断がひっくり返されると見ている)。ティール氏はニューヨーク・タイムズ紙の取材に応じ、訴訟費用の援助は「自分がやって来た中では比較的大きなフィランソロピーの1つ」だと語った。

 しかし、ティール氏のこうした行動には多くの評論家が厳しい見方をしている。例えば、リバタリアンの信条を捨ててゴーカーの口を封じようとしているという批判がある。いわゆる第三者訴訟を強く懸念する向きもある。外部の人間が何らかの意見を主張するために係争の一方の当事者にお金を出すというタイプの訴訟だ。また、億万長者が司法制度というものを、自分の気まぐれを実行に移す道具に変えてしまうのではないかとの危惧もある。

*1=Valleywagは、シリコンバレーの冗談好きという意味