(英エコノミスト誌 2016年5月14日号)

シリア軍、アレッポで2日間の停戦に合意 米露の圧力受け

シリア北部アレッポで、破壊された建物の前を通る男性(2016年5月2日撮影)。(c)AFP/KARAM AL-MASRI〔AFPBB News

欧米は過ちを犯したが、アラブ世界の悲惨な事態を招いたのは、主にアラブ諸国自身の過ちだった。

 第1次世界大戦が最も激しい局面を迎えていた1916年5月。英国のサイクス・ピコとフランスのフランソワ・ジョルジュ・ピコがオスマン帝国を切り分けようとレバント地方の地図上にこっそり線を引いたとき、まさか自分たちが大混乱のおぜん立てをしているとは思わなかったろう。

 つまり、この土地がその後の100年間に、帝国の裏切りとアラブの憤激、不安定な情勢とクーデター、パレスチナでの戦争や立ち退き、占領、調停の失敗、ほとんどの場所での圧政、過激派勢力、テロなどに見舞われることになろうとは夢にも思わなかったはずだ。

 アラブのひどい専制君主が次から次へとその座を追われ、反乱が成功したという熱狂に人々が包まれた2011年には、アラブ諸国もついに民主化に向かうのかと思われた。しかし実際にはそうならず、各国は以前にも増して先の見えない状況に陥ってしまっている。

 アブドル・ファタハ・アル・シシ政権下のエジプトは、追い出された独裁者ホスニ・ムバラクの時代よりも悲惨なありさまになっている。イラク、シリア、リビア、イエメンでは国家が崩壊してしまった。

 また、イランとサウジアラビアとの対立を背景に内戦が激しさを増し、宗派対立があちこちで見受けられる。スンニ派の怒りから発生したグロテスクな団体で、ジハード(聖戦)主義の「カリフ制国家」を自称するイスラム国(IS)は、アラブ世界のほかの部分にも手を広げつつある。