サウジの「自覚」にかかる原油市場の先行き

原油価格50ドル超えをうかがうも楽観はできない

2016.05.13(金) 藤 和彦
    http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46821
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 ヌアイミ氏と言えば、サウジアラビアの伝説の石油相だったヤマニ氏に匹敵するほどの大物の石油大臣だった。ヤマニ氏は1962年から1986年にかけて石油相を務めたが、在任中に1973年の第1次石油危機を演出したことで有名である。しかし石油を「政治の武器」にしたことで手痛いしっぺ返しに遭い、1986年の逆オイルショックを引き起こしたとして責任を問われて解任され、その後も自宅軟禁の憂き目にあった。ヌアイミ氏の頭に「ヤマニ氏の二の舞は避けたい」との懸念もよぎったのではないだろうか。

「目標価格帯を設けない」という一大転換

 5月2日のOPECの理事会でも、ヌアイミ氏の退任を示唆する出来事が起きていた。サウジアラビアのマディ理事が「過去数年で事態が大きく変わったので、目標価格帯の設定は無益になった」との見方を示したのだ(5月5日付ロイター)。

「目標価格帯」とは原油価格を安定させるために2000年3月にOPEC総会が非公式に取り決めた合意事項のことである。サウジアラビアはこれまで一貫して目標価格帯を尊重し、現状の価格水準が望ましくないと判断すれば、OPEC内で減産または増産を主導してきた。例えば2008年、当時のアブドラ国王はヌアイミ石油鉱物資源相とともに1バレル=75ドルを適正な原油価格と設定し、リーマンショック後暴落した原油価格を支援するための減産を主導した。その後、減産により1バレル=40ドル未満だった原油価格は同100ドル超にまで上昇した。

 このように目標価格帯の放棄は、ヌアイミ氏がこれまで実施してきた石油政策を全否定することになると言っても過言ではない。

 目標価格帯を放棄する理由としてサウジアラビアは「OPECは、市場が独占的ではなく競争的になったことが明白なように構造変化が起きている点を認識しなければならない」としている。このことは、5年前に生じた米国のシェール革命などにより「原油が希少な資源だ」という考え方が通用しなくなったことを意味する。

 原油が稀少とみなされていた時代には、サウジアラビアにとって「競争相手にシェアを奪われても、減産して長期的な収入を最大化しなければならない」とする戦略が正しかった。だが、原油の希少性が薄まった現在は「低価格でも増産した方が、減産して市場シェアを奪われ少ない量の原油しか売れなくなるよりましだ」という理屈である。

 さらに、過去には原油価格が低下すれば世界的な需要は大きく増加したが、今は自動車の燃費向上や環境規制などのため需要の伸びは抑えられている。

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経済産業研究所上席研究員。1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。

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